主要成果物:統合ビジョン(3要素の循環世界)

5)主要成果物:統合ビジョン(3要素の循環世界)

法律か、物理力か、いずれによって統制させるかという両極端な発想には、良質な世界観が生まれず、これらを結ぶ論理形成から確かな全体図面が現れる。法律は観念、物理力は感覚と置き換えられ、両者を感受性という作用で制御させるのが健全な人間の創造になる。

法による支配や力による均衡という片面の世界に、力と責任の均衡という原理を志向する所に人間の感受性の所在が確認される。これが永遠の生命を望む根源的な欲望と充足の方法と固められる。物理という感覚を、頭脳的な操作で観念化し、人との関係性が想定されて、喜怒哀楽の感受性が含められる。人との関係性の基礎に、共生感情が備わる所に人間の中枢的な性格があり、その上で喜怒哀楽感を抱き一定の制御性を持つ感情の範囲が制御される。

怒りという感情も、根には共生感覚を持った上での範囲にとどめられ、下限的な不快を超えない範囲での感情を持ち、感覚と観念を作り出すのが、健康な人間の感受性と置かれて物理と観念の調整が果たされる。

共生感情の展開に、下限の制約と積極的な創造と、間の因果形成という3つの観点を持った全体図が示されて、生みだす事からの滅への配慮という感性が内蔵されて、共に生きるという姿が現れる。

この基本的フレームを持ち、個別の所で均衡感覚に対しての解釈のズレが生まれ、喜怒哀楽という感受性が現れる。マイナスとプラスの因果形成や下限行為の感度の異同が、質の異なる感受性と現れて、異同感覚を確認しながら、相互的に譲歩出来る所を探り、均衡感覚へと近づける意識に在って共生感情の実践とされる。

独自的な価値観と共に譲るべき所を探し、一方的なエゴを強める事無く、欲望に対して力と責任の均衡を基準とした調和を創り上げるのが、人間界の普遍則と描き出されます。こうした過程が、感覚と観念に対する感受性による調和を作り、統制を図る世界観と示され、物理や法という一面での統制による矛盾を良好に解決する道が描かれる。

多くを望むのであれば、それを叶える力が要り、力の行使に相応しい感受性が備わり、外界からの均衡感覚が確認されて物事の円滑な進行が生まれる。

この論理をベースにして、どこかに不足があれば、進行速度は停滞するという人々の心理作用が現れる。物性での強引な進行には、所々に無理が生まれ、負の事象が生み出される。それを見越して、徐々に要件を整えながら適度な進行速度を作り出す歩みに適正調和が現れる。このような論理を総称して、道徳と経済の融合、知行合一、心技体等と説明され、根源に感覚と観念と感受性、身体と頭脳と心という不動の構造と動態の在り方が示される。

過剰な欲望から歪んだ手法に着手されて、マイナス事象を生みだし、プラスとの相殺される結果となり、この経験の積み重ねから、過剰に力んだ施策を取らずに、自然体の創造に及ぶ事が快適な物事の運びとなり、このような全体観が行き渡る程に、幸福感の増進と不幸感の現象といった理念の実現へと近づくように思います。

この理想画に至るには衝突と緩和の繰り返しから、底の厚い感受性が形成され、感覚と観念の整合度に及び、一体性という実感が創り上げられる。フラットな感覚から真摯な対峙を持ち、正直な正々堂々とした誠実な衝突を生みだし、歪んだ姑息な手法による溝や罅を作らない事が同一の行動原理に備わって健全な軌道の前進性が確保される。法律と物理と感受性のトライアングルにより統制される世界に統合ビジョンが示されます。

ここでで示す「法律」とは、欲望とそれを充足する力と責任の均衡という関係性における責任を意味し、成文法等で

規定された法律に関わらず、それを含んで設けられる自主内発的な責任という広い意味の制約と捉える事に、主体的前進型の人間性が創り出される事に思います。この結果が感受性として現れ、真価の実感が生まれる。既成事実化という手法によって、正当性を増進させるかの歩みには共生感情の欠落や信義誠実な態度を外した歪んだ精神性が露わになり消える事のない禍根を残し、物性の欲望を制御できない不調和を齎せる。物理力に相応しい感受性の欠如と認識され人間に等しい適当な器に修正されて外界や自己との適正調和が果たされる。

 

 

 

文化活動からの生産事物

4)文化活動からの生産事物(文化実践の工程)

事象の認識が取られそれへの批評を下し改善案を提案する。その実施と検証で一巡の生産活動が想定されます。この生産概念を標準として生産の質が計られる。

ざっと見ていると、マスコミの生産活動は、事象の認識と曖昧な尺度による批評という所で留まり、印象を述べられる程度の生産活動と見受けられ中途半端な心象形成を大きな電波に乗せて発せられる事がしばしば見受けられます。

標準的な生産概念についての認識が揃い、どこの範囲の生産を持ち、どんな効果を担うのか、更に求められるのか、この点が整理されて、良好な交通整理が生まれる。

批評行為の質の水準をどの程度に於くかを評価尺度の鮮明性から計りだされ、基準が述べられて、基準との相違に批評が生まれ、基準に達する為の方法論の提起と、それへの信憑性と実施及び検証によって批評の水準や優劣が付けられる。例えばこのような批評についての概念規定が設けられて、観測や批評への測定が生まれる。標準とする生産概念の相違が各種領域の活動に反映され、需給構造の特性と認識される。こうした認識の差が、各種の問題事象という認識に及ぶ事からも、自己生産規定を出来る限り示す事が置かれて、需給の健全な認識が作られる。有形物の生産者が持つ、生産概念を標準にして異同を示し、実感規定を設けるなどして、各種分野の微妙な認識差を示す事が適当に思われます。それに即したコスト計算が取られ、適正利益率が算定され各種業界の標準的な経営モデルが備わる。

各種業界における健全な水準となる実感規定に差が縮まり円滑な対話が進み文化基盤の良好性という認識が作られる。概念規定と適用に創造活動の背骨があり、この実感の差が市場の効果で埋まるような循環に在るのが適性に成り、寡占市場の弊害が感覚の相違と及ぶ事からも、こうした焦点と規定を進めて、平等思想の格差が是正され平準感覚の厚みが揃えられる。

力と責任の均衡へと改良され適正調和へ近づき、不快感の削減と快適性の増進が作られる。基準概念をどのように取るかが動力に成って理に叶った批評や創造が進行する。

以上の事から文化的生産の規定を取るならば、最大分母的な目的の創造という事から、基礎や柱となる基準概念の創造と適用に連ね、生産や創造、均衡、事実、価値、健全等の人間生活に於いて不動的な根源概念の明瞭化や納得性の向上を作り出し基準尺度と用いられ、良質な事象を創り上げる動力と作用させる活動といった面が浮かび上がります。