健康な動態循環

健康な動態循環

人間は太ると怠慢になり痩せている人々が台頭する。そして栄養を付け太ると、更に痩せている人にとって代わる。この規則性が大きな観点からの健全性循環と映し出されます。この動態原理がしっかり回る事が健康な感受性を不動とした物理性の調整反応に成り、心の持続の上に体が調整される人間界の浄化反応と備えられ、直線型の単純反応にない循環型の永続世界が導出される。このような示し方に人類史からの学びが集約され、普遍的原理という万人的不変の感受性と表されます。こうした大枠ビジョンの下に各種段階別の原理が創り出され、大枠の中での中枠、小枠のサイクルが回り多重層の円運動が重なり根幹原理を柱にした因果の規律が生み出される。

地球という外観や円運動、人間の生命等の生物の有限性を基礎にした永遠や無現への欲望や志向性に及び、創り上げられる循環世界と現れ、この感受性に即した原理に連なり根源的な法則性という性格で認識される。この流れに合った動きへと自然に収束するのが、根源性からの動態であり、この流れに沿った基礎反応を見せる事に適当な快適感が生み出される。力んだ発想や発言や行為とはこの原理に逆らう反応であり長くは続かず一過性の姿と認識される。

局所に偏して大きな流れを見失い、力んだ姿が各所に浮かび、やがてこの軌道へと帰るのが根源性への終着点になり、永続性を達する自然な感性へと浄化され生き物としての良心に沿った反応へと正される。

社会的な焦点に絞ると年代に寄って社会的諸条件や生物的な条件からの制約が生まれ、そこから欲望の変動が現れ規則性に反映し発想や思考や行為と現れる。終盤期には、純粋性の高い生物の良心へと回り、後の世代へ少しでも良質な永続性を叶えられるような発想に及んで、私欲のない判断や行為が現れるように見受けられます。

こうした大きな動態原理から見ると、個々人の意思は微々たる事であり、永年の時を経て作りだされた普遍的な感受性という大きな流れが根底にあって、各所の動きが統制される。小さい所で拘り思い悩みを抱えるものの、広く大きな視点に立てば余分な力みは減少され、過剰な欲望は適度なものへと収束し、自然体になって、プラス・マイナスの歪な反応は抑制される。力んだ感性は根源原理からは明瞭に違和感と映り内面の心理が表に現れる。見る人から見ると隠しきれない性格と映り小手先の装いは明瞭に感じられる。

恐らく、こんなような感性が年代と共に深まり、洗練した人間に及んで良質な種を残し、その性質が代々と引き継がれ、根源性という最も納得性の及ぶ流れ方へと収まる。

ここから見る各種事象への快不快感を自然に起こし、短絡的な打算に乗らない不動性が現れる。主体側の変容しづらい自我と自然反応のありのままの喜怒哀楽に健康な姿が生まれるように思います。

表層事物への固定概念が作られ、実際の変動している状態や根源的な観点を見失うと実際感覚と離れ、固定概念の中で思考が固まり、頭脳と体の歪みと現れ、自然体を外した欲望過多の状態が生まれる。余分な枝葉を落として幹や根を浮かび上がらせ、事柄の中心を抑えた創造に在って健康な調和に近づき、永続的循環世界への軌道が生まれるといった感じ方が作られます。

コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください