美性観
道徳、美術、芸術といった概念に共通項を与えるとすれば、感受性となり喜怒哀楽と置き換えられ、この感情が生まれるのは、平等という観念が尺度に成り、平等に対する誤差から感受性が生まれる。
自然や人との間で見る平等感覚に平静が生まれ、多い少ないという感覚が生まれるとそこに感受性が現れる。フラットな感性の持続とはこの平等性の維持にあり、これが次第に様々な固定概念の付加により様々な上下感覚を抱く事になる。特定尺度に対して共通の価値を抱かれる人々の間で、序列感覚の共通性が生み出される。
特定尺度の拡大的発想が生まれ尺度間の序列を作られその体系的概念が、纏まり在る世界観と形成され、大きな枠組みと個別の配置が生まれる。このフレームによって外界や他者への序列感覚を持ち評価が生まれる。
評価される側に在っては、特に評価を望む事や利害関係が強くなければ余計なお世話に成り、内政干渉というような心象が作られる。平等感覚の欠落はこの望まない評価や利害の無い状態にも関わらず、好き勝手は尺度から思い込みの激しさを持ち評論する感性と現れ、その行き過ぎた状態に傲慢さや偏狭性、物性感覚の強まり、外界への要望過多、自己認識の欠落等々のマイナス的な不快感が生み出される。
無限性を前提にある共通の価値尺度という限定によって、共通的な評価の感性が作られ、限定的共通の基準に対して、上下や強弱、優劣という比較の合理性が生まれる。
頭脳寄りの体質から飛び越えた感性が進行して、自身の価値観を相手方にも強要するかの態度に対して、所与的な感性に振り替える事がないと、迷惑で不快という認識が生まれる。学者や弁護士、政治家やマスコミ、商人等々に比較的顕著に見られる性質と感じます。一種の病気と捉えるのが多くの平等感覚を備えた感性と思われます。
基礎的な躾という範疇の事であり、各人の成長過程の相違から異同が作られ、健全な需給構造の中で異質な感性は削りだされ適正感覚へと修正される。この作用が自然に回る仕組みが重要であり、自主内発的か、人口的規制によって、公平公正な過不足の少ない状態への論理が組まれ異質さが平準化される。人々の本能的な欲望と備わり納得感の高まる平等感覚の実現へと作用する。こうした文脈が、価値観の根源を表し、その感性について、芸術や美術、道徳等の角度の異なった概念が創り出されるという見方にも、一定の共通性が現れるかに思われます。価値の根元は平等感覚となり適正調和という志向性が生じて各種施策が作られる。自他に対して、公平公正な尺度の形成と適用を成すのが、美性の反映でありこれが欠けると不快性が生まれる。美感の程度がこうして計られ平等感覚の異同が生まれる。「自他に対してフェアな態度を作る事が出来るか」
これが根源の感受性の性質と現れ大きく離れると交わりに及ばない。物性依存症とは美性の崩れた状態と言い換えられそれを回復するのに美術や芸術という固有領域の創造等に触れ健康な感受性に戻す事が見られる。美感の崩れは根源的土台の腐りを意味しその上に作られる発想や事物は歪んだ状態で現れる。
本物の美性の持ち主からは「その醜さは、どこからやってくるの」という素朴な問いかけが生まれる。