1)精神的軋轢への免疫低下現象

1)精神的軋轢への免疫低下現象

リアルな感覚と離れて、小手先の手法が多用される感性の進行が現代社会の問題になり、生身の生命的な接触と遠のき、道具に依存した人格の衰えが、安易な対人関係を創り上げる。目の前にして出来ない事を、裏でこそこそやる感受性の歪みが病的性質を深め陰湿なエネルギーの流れを作り出す。この精神的な面のひ弱な体質に不快が現れ、それへの対処や予防の施策を生み、健康な心身を創り上げる事が根源からの人間改造の焦点に定まります。

直接の衝突への免疫が落ち、間接的な手法を用いるアナログ面の衰退が問題を複雑化させる。率直な感受性を表さずに表裏の激しい二重人格が生まれ対人面の病気を作り出す。お金への執着がフローの良好性と離れ、人との距離が広がり、本音を見せずに見えない所で姑息な手法を用いる事に人格の欠陥が見受けられる。このような観点を問題とする事があらゆる不快事象の根におかれて抜本的な軌道修正への施策を投じる事が好循環への本格軌道を齎せる。

文化論という長期の良好な価値基盤を侵食する部分と捉えられ、健康像を標準に歪んだ性質の特定をとり、発生の原因を多角的に分析し、発想や行為の修正に繋げる研究と活動領域を形成する事に関心が生まれます。

広い観点で言えば、軍事的衝突から情報戦という手法に進む事へ焦点が及び、この性格は人間の歪みの程度を更に増進させ悪性のスパイラルを深められる。長期的根本性の観点から浮かぶ異常な性質であり、大きな問題認識を持つのが健全な感性による事象の取り上げ方と感じます。この認識に及ばず制御不能な体質と浸透して自覚も弱く、狂った感性への不快を持たない所まで相当深く入り込んだ現代の病と浮かび上がります。

人口化された利便性に慣れた体質が精神的な感覚を狂わす負の側面に真摯な対峙を持ち、人間側の健全な意思の形成を意識した良質化策を創る活動として文化論という着眼点が生まれます。この基盤研究へ一定の理解を遂げて事の本質を掴み、健全な軌道へ制御させる活動が必要に思います。一部の層に、物理依存型の対人形成について、病気の自覚のない所まで進行しているという認識に及びます。「理性的な対話を」等としばしば言われるもののより深刻なのは、この二重人格という根本的な性質の歪みに映ります。

2)主体性確立の基礎

犯罪者のまま平気で過ごせる感覚が根源的な精神の弱まりで在り道徳の欠落した慢性的な症状に見受けられる。損害や迷惑をかけたら、そのこと自体に対する真正面からの反応を見せるのが健康な人々の姿であり、これを欠いて思い込みの激しい代償案を取る事はまともな態度ではなく、ここに傲慢で真摯に事柄に向き合えない体質が伺える。

偏狭な感性が固まりミクロの健全な心身を壊すと、こうした姿が現れ物事から逃げる癖が常態化する。物性への依存症が甚だしくこの傾向が強まる事には良質な文化基盤を破壊し小手先の貧弱な感性へと下落させる。これが根本の改善になり逃げる事無く人間の再生を取れるかの岐路にあるのが現代の転換期における課題であり自主内発的な道徳心の回復が産業や経済、政治行政の好循環の源泉と位置づけられる。躾の誤りはその上に作られる発想や創造に及んで歪みの連鎖を生み長期基盤となる良質な伝統文化を壊す事のない歩みに価値の重心をとるのが自由で躍動的な原理創造型社会の進行には欠かせない感受性の在り方と描き出されます。観念体系を作り出す事で独立という状態を得られるかの頭脳寄りの発想や物理性に偏して単純に操作できるという発想に陥っては歪んだ人格が形成され普遍尺度と適用の態度に実体が現れ感受性と感覚と頭脳の有機的な健全性が捉まえられる。こうした性格が「無限性を下にした平等感覚から真摯な対象との対峙を取られ公平公正な均衡感覚を作りだされる健全な人々の感性」であり一部の歪みが好循環を停滞させる。要路となる立場に同様の感性が備えられ共通基盤が固まり日本という国や世界が小僧から大人になれるかの瀬戸際に映ります。国内におきましてはNHKをはじめとした大手マスコミの一部、民主党や自民党等の政治家の一部、情報通信業者や流通業者の一部、旧態的大手企業の一部、地方や中央の行政職員の一部、風任せの大衆の一部等々の感性に極端に偏った子供体質が浮かびます。力と責任の均衡を根源の原理として然るべきマクロシステムが作られて局所や中局、大局の良好な調和に及ぶ。力に縋る事無く過不足の適正を粛々と求める事がいつの時代にも課題になり理性的な仕組みを創造して実態的な高次化への軌道を整えるのが文化活動の作用と備えられる。犯罪者が頓珍漢な肩書を付けられては、社会の弊害と思います。