道徳の意味

2)道徳の意味

解りづらい文章は読むのに労する。進行の結果を議事録などに残され、広くその話を伝達する事は、直接の参加者以外から気づかない意見を徴集する効用に意義があり、議事進行内容を端的に解り易く示す事が出来るかによって付加価値の増産の程度が変わる。役所から出される文書は回りくど過ぎてやたらと長くどこにポイントがあるのかを読み解くに労を要し、この意味で付加価値を生みだす創造事物としての付加価値が低いという印象を受けます。つまり生産性が弱く、基軸となる結論と過程を鮮明に示す事がまず第一におかれて枝葉となる詳細を補足する示し方が弱いと中心焦点が捉えづらく考えが良く伝わらない。

  1. 端的に、○○と思う 2)なぜなら、△△だから。

この因果を明確に示す事が、一行目にあらねばならない。

この集約表現で事が足りれば後は進めればいいだけであり、余計な部分は要らない。根本と基幹と枝葉という有機体という構造で置き換えられる。

2)動機や欲望、1)叶える方法、3)実感規定の特定、という3つの要所で全体を示し、インプットと変換過程とアウトプットのシステムで纏められる。例えば→

http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/049/siryo/1352638.htmのような文章は見ていて疲れる。

生産性の悪い典型に思えます。日本文化の精神性が脆弱であると、表現が供給者の気ままな型式で表され見る側への配慮が弱く、利益を提供して利益を得られるという基本式と離れた感性と伝わる。市場原理のような需給構造に晒されないと緊張感が生まれず、だらだらした表現を平気で出される。集約や要約力の性能が対話の快適性に及び、個々の発言をそのまま列挙する事と、それらを纏められる力が前進性を強め問題の解決へと作用する。

道徳心が弱いとは、問題を感じる感受性の弱まりやビジョンの創造力という面の欲望の弱さを表し、自己寄りの保身へ偏した維持型の発想に回った規則性で留まる。

感覚寄りの体験と感受性を経る工程と離れると道徳心が弱まって、問題事象の把握や解決へのエネルギーが弱まり、価値を生みだす活動性が下がり生産性の劣った姿が現れる。道徳の本質的な意味や意義はこのように捉えられるべきと思います。この概念が体に染みつかずに、頭だけの一過性の理解で留まり創る意識が高まらない。民間の需給構造に身を置く経験が要りその過程を省くと道徳が体内化せず価値が生まれない。道徳は全身を持って伝わり論理のみで理解されるような性質とは異なるというのが多くの人々の認識に思われます。以上の事から論理と道徳は一体として生まれ真なる調和が響き渡る。

真なる調和への道

1)真なる調和への道

外界への共生感情を持ちそこに良好なプラスの事象を齎せたいという発想や志向が自然に湧くのが健康な心身を備えた人々の反応であり、これがいつの間にか逆向きになり、なにも提供せずに外界から奪う発想を強められる。この割合が高まる程に自然な調和感と異なる力んだ物性での強要や支配管理型の思索を深められる。

人や自然の喜ぶ姿に快適を抱くという気持ちの軌道が常態され、その感受性を自然に感じ取れる同質の健康体との良好な循環関係が生まれる。この焦点が好循環を作る起点に成り良質な気流を増進される根源の因果に映し出されます。つまり、自身の中に光があり外側の光を見たい、作りたい、という自然な欲望が湧きその気持ちが外界から察知されて、外界からの自然な気流が生まれ滞りのない過不足の少ない相互調和が生み出される。これがどこかで歪むと適正調和が現れず、外界への光の提供とは異質の光を奪う欲望の強い感受性が正常な軌道の停滞や弊害を齎せる。このマイナスの感受性を作らない事や取り除く事へと人々の善意や良心が注がれプラス型の気流を増進したいとする根源の本能が備わりこれを正義や平和といった観念で表される。「他利を作り自利に回る」流れ方と適当な釣り合い感覚を抱く事の出来る感性の形成や持続性が健康な人間性という姿で認識され自然に備わる快適感と現れる。

こうした歪みを連鎖させずにどこかで止める作用が備わり負の循環を深めずに、正のスパイラルの強い堅持があって、外界で生まれる光を望む感受性が残り、光を奪う感受性に染まらない良質なエネルギーが持続する。

このような因果が根本的な心理作用となり表層的な感覚や創造事物に現れ生産活動の実態が認識される。根っこの感受性とそこから湧く理念と、望む人との対話関係という技術と市場がイメージされ、それに到達する方法が二次三次と作られる。健康な心身を備えた同質的な感性によって感じ取られる現象となり人間の感性があらゆる事象の認識や創造の下に配される。光を見たい、生命の躍動感に快適を抱く理由の付かない本能の存続が人間の遺伝子と内蔵して持続するような施策を投じる事が何よりも重要な創造であり、価値の源泉が確信されて迷いの少ない発想や行為が生み出される。どこか過剰な強欲性や物性型の感性が進行する中に在っては局所の歪みが各所に伝播して慢性的な負の感受性が進行する。これを招かない欲望が生まれ正常な適正感覚を表す論理への探究が進められ文字や記号、映像、生産事物等で表現し強調する創造が生まれマイナス性への対処や予防とプラス性の増進へとエネルギーが注がれる。「共生感情→信義誠実→健康なビジョン→方法と検証→持続的循環活動」という途絶える事のない不動の動態ビジョンが人々の意思と固まり普遍の原理と描かれ、真理という言葉を感じます。

2)不動の感受性-有機性サイクル

不動の動態ビジョンの具体性を表す文脈を取り上げます。

感覚と感受性を経て、実感を作り、知識と積み上がり、それが別の対象に活かされ、新たな感覚と感受性を発見し、知が更新される循環に在って、有機的な外界との適正な調和感覚が備わり、このフローの状態から離れるほどに、歪みや奢りが現れ、創る体質にない奪う感性が進行する。

詐欺や盗みを常態した発想に陥り、その自覚の弱い異質性が深まり、対象との真摯な姿勢と離れ歪んだ精神性が作られる。相互対話性を持つ需給構造に在って、要望や期待とそれへ応えるエネルギーの循環を定式と備えて、一方的な固定概念に偏しない態度に及び、飛び越えた発想や異常な行為が抑制される。

これが、市場原理におけるプラス型の作用を指し、一方でマイナス性の側面が浮かび上がる。力の保有や利用に対して、効果と影響を計り、それに等しい責任感覚が付いてこないと暴走的な力の運用が進み、万人的共通価値と規定した下限の制約さえも超える行為が現れる。力に振り回され自己制御の不能な物的感性が進行し理性を見失った感度が現れる。これらの不調和を、感覚と感受性の程良く回った健康な心身を備える人間から測定して、快不快の程度が現れ、標準と乖離との構造で把握され、健康な振る舞いへの方法が提起される。健康な心身を可視化するのに、論理図面が描かれる。その図面と実際の適用も、見える化し、これらの事実に対する万人からの感性が示され、3者間の緊張ある感性の触れ合いを取り、真理探究の持続性が生まれて、歪みや堕落に陥らない、オープンな感性の健康な軌道が叶えられる。このようなミクロ原理が根に成ってミドルやマクロのシステムが構成され、システムの大きさの適正が常時測定されて、重層的な各面の健全性への継続的な改善を進め縦横構造の管理が取られて、フローと構造の良質性に及ばせる事が生命体の存続と成長に欠かせない。