現代社会の負の焦点

現代社会の負の焦点

歴史と論理という焦点で人々の創造活動が捉えられる。適度な人的連なりを踏まえた論理形成が、頭脳と感覚との適当な有機性を表し共通感受性を備えた社会性が生まれる。論理ばかりに偏することなく、人的連なりとの適正を容れた調和形成に、健全な心身を備えた創造活動が生まれ、物理力に偏した感覚の過剰による急速な進行には適度な調整を果たす事が要り、真理や普遍性の探究軌道が備えられて、根源からの価値への志向が持続し、現況の客観性を掴む構造が生まれ主客の適正調和への道が堅持される。

長く同一の仕事を何代にも渡って継続する中で代替わりの場面を迎える。祖父から父へ子や孫へと移り代わる際に、継続される考えと異なる部分が生まれる。顧客や同業者に対して安定していた部分が変容しそれが馴染むまでの移行期間が現れる。この部分で既成の方式とのズレが多々生まれ大小の軋轢に遭遇する。良好な引き継ぎ作業が取られて既成型と新設的面とを整理し、理解を経ながら円滑な繋ぎが作られる。特にこの代替わりが肉親となると緊張感が弱まる面とよく知る間柄という面からの影響が生まれる。

歴史的人的繋がりに自然な感覚が備わり個別オーダー的なフィツト感が生まれ、一律適用型の処理とは異なる人的密着が作られ、そこに快適感を抱く場合と、曖昧性が多々生まれ適度な緊張形成を取れる自律型の制御感覚が出来て程よい関係が作られる。一律型の対応は限定性を明瞭化させ、誰彼問わず尺度と適用の単純方式が高まりそこに公平という感覚を抱き快適を持つか、個別性を排する所に違和感を生むかの反応が現れる。

広く見ると現代の規格量産方式や法による秩序は一律性を高め、均等単純化した対応がトレンドに成り、この感覚に快適感を抱くと共に味気なさという情緒面の不足感が生まれる。後者の側にニーズが起こる面と、経済の成熟期からコスト圧縮への圧力が働き、両面を感じながら調整が生まれる。

こうした現象は、歴史性と人口性、人的連なりと論理適用、情緒面と物理面、心情的と機械的等々の対置概念で示され、両要素の調和や適正感を探し基準感覚が生み出される。

法律家の人口的論理構成の感覚や、科学技術の合理性の供給により、個別オーダー的感性は、単純化、規格化され、無機質性が強まりを見せる。この感度が行き過ぎて、頭脳的作業による感性が広がり、感覚や感受性を根にする対象との交わりを弱める作用が生まれ、個人化の促進や物的欲望の充足という軌道が現れる。潔癖性や、神経質、過敏反応、単純化、人口性等々のキーワードで示され、物理感性による方程式という機械的関係性が進行して平等感覚の崩れが生まれる。一律的な単純型枠の価値が固まり、多様な感受性が萎み、物的序列の感度を増し、盗みや詐欺に歯止めをかけられない自制力の劣った人間が多産される。寛容性の少なさ、許容範囲の縮小、利己性の高まり等々の感度が生まれる。

これに豊かさを感じる面と、異常さを抱く面とが併存し、その割合から、志向や生産、制度の形成へ影響し体質という捉え方で総合される。このような人間の変容状態が映り異同感覚が現れるものでしょう。教育や秩序形成の間違え感覚に及び、根源の捉え方から正常軌道を創るような発想や施策が生まれます。

マイナス性を表す一面が、知識の質も、感覚や感受性を経ながら作り上げる事よりも、頭から入り感覚化されない断片的な状態での知を保有され言行の分断状態が生まれる。有機性の弱い体質と現れ、妙にプライドや利己性を求める我儘感性の強まりに子供のような精神構造が現れ、下限の制約等へも箍が効かず、正当的な論理を作る所に、基礎感覚の壊れた異常な人間性が映ります。こうした下限の崩れには根源的な歪みと捉えた社会的な対処や予防の施策を取り、行き過ぎた物性への矯正が要るように思われます。

マスコミ、政治家、IT系、教育界、法曹界等々の領域に比較的この性格が顕著に映り、地方の経済振興を関係づけ、都市型生活者と地方の感覚差を埋めるような施策を取るか等々を、文化の観点を添えて、根本的な人間性を鑑みた良質化への思索を及ばせ、感受性の厚みを取る発想から血の通った良好性へと及ぶように思います。民主党やNHK、公明党、自民党のぼちゃん系、インターネット事業者、旧態的感性の強い大手企業、地方の田舎議員と役所職員等々の一部という社会システム全般に渡りマイナス的な印象が生まれる根本的な体質の劣化と映り、日本文化の良質な自律性の高い調和形成の感覚を崩される物性の野放図な進行には根源的な対峙をとり水準の下落を留める事が不快現象の本質的な改善策と思います。