健全な世界観

健康な世界観

憲法の専門研究者という立場にはありませんが、一般的な生産者として、概括的にこの観念体系を眺めると、なるほどと思わせる部分が多々生まれます。

主権在民という根本の精神を明示される所に、人間社会の良質性に向けた肝が備わり、人々の共通的な欲望と固まってきた事を、文字で明瞭化させ、法による強制力を持たせて堅持する仕組みという概括的な把握に及びます。

この観念体系は、日常の感覚や感受性を通した生産活動を体験すると、その中で様々な衝突が現れ、それを解決する思索を重ねて実施すると、憲法のような観念体系が思い浮かび、各人なりの協働生産の円滑化策として、体系が創り上げられる事に思われます。この感覚と頭脳と感受性をもって創り上げられる過程によって、宙に浮いて用いない観念図面という事態に至らず、自己の内在化した行動原理として作用する。頭脳による吸収は、この感覚面や感受性を経ずに省略する事から、人間側の知肉となった生きた図面に及ばず、頭脳と感覚の分離した不健全な状態と現れる。

自身の経験から創り上げられた体系を下に、憲法を眺めると、なる程良く出来ているという感じも浮かびますが、しかし、一目で入るような全体有機性を感じ取れるように、A4用紙一枚で纏めるような工夫が見られない所に、実際の動態感覚と離れ、どこか死んだような断片性の感覚が現れる。

人々の活動過程に照らした大枠のフレーム観をとり、個別各論の重みづけを与えて、全体からの臨場感が備わり、生命観を抱く観念となり、主客の調和性が高まる事に思われます。本書で描き出されました活動観念といった一巡性を持つ生産的な過程についての観念を、前段に設け、日常的な規則性を下にして、各種原則の重層性を配置する事が、なじみの良い表現に行き渡り、理想と現況と方法という実現への行為性が強まる観念と活動との一体的な感覚が創り出される。

方法を生みだすのは、理念への共感力からなり、人々の自然な感受性をよく表す描写の仕方で理念が示される事によって、同一的軌道をもつ方法へと展開され、人間を創り上げる道が浮かび上がる。共通的な欲望という範疇の事をフォーマルな形式として明瞭化され、まったくの共通ばかりにない個別性を認め尊重する枠組みを持ち、共通性の中でも変容しづらい長期性の事を根本という観念でとり、欲望の総体とする抽象原理があらゆる生産の前段におかれて、個々人と社会との良好な調和感覚の実感に及ぶように思います。

個々人の世界観の無限性が尊重され、共通的な価値を抽出し、個と共通の良好な関係性を意図した活きた体系への持続的更新が成されて、身近な肌感覚へと浸透する。やりもしないような、或いは用いられないような体系には意義が弱く、観念と感覚の整合によって主客の実感に及び、そこに感受性という生き物の性格が確認され、生命の宿る共通価値を感じる事になる。

個々人が感覚工程を省いて観念ばかりの入力によると、この程度差が開き不調和が広がったまま歪んだ運用や使わない規定が多産され、運用者の自己都合に偏した作り方が生まれる。専門家の為の体系に行く事無く、万人の身近な生きた生命観に届く事が重んじられて観念表現に付加価値が現れる。自己体系が作られ、その一部に共通体系が配されるという全体観の描き方に健全な心身を備えた世界観が作られると思います。どこか法律という枠組みを世界の全体とするかの所に、世間一般の常識感覚と離れた事象が生み出され、個別と共通と根本という観念フレームを持ち、人間世界に対する自然環境という世界の上に、教育文化芸術、産業経済金融、政治行政司法という3つの主要素で社会観を抱き、そこから個別事象へ対する適当な評価感覚が生まれて、重要な事柄への序列感覚の健全性へと連なるように思います。この感性の厚みが揃うほどに、自主内発的、自己制御性の倫理道徳を備えた躍動的な自由の創造が生まれるように描き出されます。人間のエゴが強まり、自然の存在をどこかに忘れたかのようなバランスの崩し方に、異常さが抱かれます。このような基盤面の形成に文化論という領域が生まれて、根本的な構えを作る事によって良好な感性を備えた専門領域の在り方が生み出されると思います。

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