「ある程度自律心を備えた主体性」とは、自己生産領域の意義という認識が作られる状態を指し、領域の体系から自己が縛られ、観念と感覚との一体的な整合に及び、人と観念の有機性を持つ状態で表される。その不動性から人格という顔が現れ外界からの識別に及び特色が生まれる。確たる尺度による自己制御が果たされて、他律性に寄らない自己原理からの公平公正な適用が取られて普遍性を有する主体という実感が生まれる。
この個別的性格と共に、他者との共通的な尺度を併せ持ち共生と自立の構造が生まれ、社会的観点からの役割を備えた自我が創り上げられ長期の規則性に及んで文化人という性質が醸し出される。利己的欲望からの排他的な構えを凛とする姿等という解釈を取られる事も見受けられますが本来的な人格という言葉が指し示す内容が含まれず、社会的生産上の意義や体系の確立を持って凛とした姿が映し出され、利他を提供する技術を有する独自性に主体性という言葉が当てられる。
物理性に偏した感性は単純な金額の量や形式的権限の大きさ等を尺度に特性を取られ、技術や原理の内実から計りだす作法と乖離した感性へと陥り、マス広告などでやたらと知名度ばかりを訴求し技術面の独自性が映し出されない。規格量産や規模の訴求へ偏する傾向には人格の画一性に及んで顔の見えない主体性が増加する。そこから自己を律する尺度の形成力が弱まり、他律性や物理性の感度が深まって単純原理で支配的な状態が生まれ、物理力からの指示命令を自己尺度から吟味する事なく意思の弱いまま歯車となり、倫理道徳観の備わらない機械性が生まれる。
その感度に慣れてなんら疑う事無くモラルの欠いた行為に着手され、ただ物的生計の維持の為の創造力へと回転し容易な方に流され感受性の貧困な人間性と成り現れる。確たる体系を築き上げる事無く台本に従い物的原理への依存という姿に及び、これが進行すると金で何でもやる者という認識が作られ、自律の働かない不信者と特定される。下限のモラルと自己生産体系という二つの尺度が作られ自己を制御する主体性が固まり人間という性質の実感が生まれる。同時に自己の鍛練を止める事無く向上心を切らさない謙虚さと寛容さを持つ活動によって技術を錆びつかせず、妙な壁を作り優位性を保つ発想とは異なる健康な向上心の維持されたオープンで豊かな感受性が現れ、対象との良質な調和軌道という文化の道が描かれます。
道徳心を欠いた金や力の用い方という力と責任感覚の不均衡から、物性に偏した秩序を進行させ人間崩壊という状態を招かれる。こうした事を鑑みて力を与えて良い人物像の要件規定や各種ビジョンを描き出し、物性と理性の良質な在り方を持続的に探求し制御する活動が要り、欲望と充足の健康な形をベースにした各種創造への反映に意義が現れ、このような性格に文化という言葉を適用させ広く普及させる事が重要に思います。