1)人と人との長期則
概ね誠実な心持を取り各々の人格を尊重して、要望や対応、共通の欲望と充足という接点を見出し、互いの利益を追求するのが互恵的関係等と呼ばれる。
この中で、意図せずに誤った言葉の行き違いによる不快感がしばしば生まれる事については、よく話を詰め再修正を行い解釈の幅を揃えるなどして正常な軌道に戻す事が行われる。対象との分断による制御的な発想よりも、相互協調的志向を流れとする健全な協働前進行為となる。
行為による失望感情は、盗みや騙しを常態的発想にされる体質に在り、解釈を揃えて良好な協働生産を志向する発想が弱く、分断感覚のまま相手方から奪う態度が強い性格の持ち主であり、対象との共生感情を根にして信義誠実な態度による創造性にない一方向の支配略奪志向と現れる。
対象との関わり方という根本的な部分での相違があり、利他から利己という調和性が弱く、所与的に悪意性を持つ事や、優越志向が強く自己の概念で固執した序列形成で固まり、対象からの発見や学びの姿勢を持たない姿と映ります。
ここから、適当なギブアンドテークを取らずに、盗みや詐欺という手法に及ぶ。この体質には、標準的な健康な感性からの自然反応を見せ、相手方の態度が治るまでは関わりを避ける事が適当に思います。
積極的に関係を作れる状態に無く、過失への反省や謝罪、賠償という当たり前のけじめを蔑にせずに、メリハリをつけた関係が適当に思われます。健康な基盤となる感性が弱いものとは建設的な関係形成は困難であり人間の普遍的な道理を弁える事なしには良質な持続性には及ばない。
無理に物扱いで利用するという発想も、健全な心身を歪める原因に成り、ある程度自律心を備えた主体性に在って平等感覚が生み出され人間の正常な姿と実感される。
はじめから特権感覚が強く優位な身構えを見せるといった人々にもしばしば遭遇し、これも一種の病に見受けられる。以上のような事から文化という人と人との関わりにおける長期則を考え、そことズレた感性には然るべき反応を見せ、程度を落とさない歩みが必然に思います。