思考の根源的な枠組み
人権概念は日常的な善悪の感覚で言えば、「盗みや詐欺、傷害」という行為が浮かび、これを与えない、受けないといった感覚が常時内蔵され、特定の目的と協働関係という込み入った点を刷り合わせ、欲望と充足を達するのが常識という皮膚感覚に備わる。誰から特別に教えられるよりも自然に備わる感性に思います。
辞書などで改めて見てみると以下のような記載があり、盗みや詐欺、傷害という行為を一段抽象化して集約される権利側の積極的な表し方で示される。少し実際感覚とは離れた表現であり通常の生産活動の過程に即した並びを持って表現する事がより実感に届く表し方に思います。
それが消極的な制約と準絶対則と積極的な創造策という3区分であり、1)で下限則を取り、3)は相対性の事柄と位置づけられ、2)で両者の実感を探り出し、1)に繋がるかもしれないというマイナス面への考慮を持ちながら、プラス性の創造を遂げるという構造で描かれます。
市場と技術という構造を中心に利害関係者が現れ、1)の下限面を一律に備え、3)で両者が感じるプラスの創造が展開される。この直接対話が基礎に成り、そこに行政等の間接性の立場から当事者の良好な関係に資するであろう制約が作られる面と、直接的な関与として制約を課す面が付加される。
この経済と政治の二段構造に対して、根本的な人間性の観点から制約や権利として人間像が描かれ、前二者の関係に持続的良好性への道筋を提案されるのが人権概念に感じられます。民と民、民と公、における関係形成の指針となって、個別事象に反映されて健康な心身を備えた活動の持続性が想定される。
つまり、人権概念だけが個別的な生産関係と離れた抽象原理として掲げられても実感に到達しづらく、個別具体的な事象に即して解釈される所に抽象概念と適用の実感が現れ、納得感や深みある知恵と感じられるような見解を示す事がこの領域の専門家を計る評価尺度に思えます。
抽象原理へ偏した研究へ向かい、個別具体的なケースに当たって当事者への良好性を引き出す経験が弱いと、実効性ある付加価値の産出が認められず、学者や専門家の独り善がりの研究へ陥り、社会性と乖離したプライドが作られてミクロの健康な感受性と離れそれが逆の作用で回り社会への悪影響を齎せる。却って、研究者のエゴによる人権概念が当事者の良質性を阻害し外界との不調和の原因に陥らない為の適度感覚を磨く工程がより良い実効性を備えた人権概念を作り感覚と観念の整合性を持った働きに及ぶ。人々の良質性への施策という広い枠組みを備えて、そこへの一手法として人権概念の創造と適用とする全体観が備わって真に有効な手法が導出され、法律という抽象一般概念へ偏することなく多用な感受性や表現力といった人間心理全般からの良好化策という広角的な構えから個別的な応用や効用が上昇する。この大枠的なフレームとなるのが本書の文化思想体系とも言い換えられ、根源的な人間の理性的な感受性に即した消極と積極に対する因果関係の多様性を探求する構造が示され、人々の多彩な感受性を学ぶ持続的なスタンスに及び良質な概念形成を探し続ける道が示される。
人間が人間として当然に持っている権利。
人間が人間として当然もっている基本的な権利。近代初頭では、国家権力によっても制限されえない思想の自由・信教の自由などの自由権を意味したが、20世紀になって、自由権を現実に保障するための参政権を、さらに国民がその生活を保障される生存権などの社会権をも含めていう場合が多い。日本国憲法は、侵すことのできない永久の権利としてこれを保障している。人権。基本権。(デジタル大辞泉より)