根源的快適性の実現策
共通と個別と根源を表す文脈として、以下のような焦点が浮かびます。法律よりの基準による平等状態の実感と、感覚側で見る平等の実感という相違が現れるようにも思われます。多くの人々の活動は、特定技術と市場という需給構造を備え、そこで顧客や従業員、協力企業や株主、地域住民という利害関係者の間で、提供と対価や権利と義務の内容が作られ、その行使という中で基準と適用の適正で平等という感覚が生み出される。各人の個別多様な動態関係における時間の範囲の長い想定と、細かな因果関係といった実際の状態がベースに成る。
これに対して、抽象的な一般則という単純性の尺度から部分的な範囲を区切って、第三者的な利害と離れた立場から法律の観点を適用するのが、法律と運用の過程として浮かび上がる。多くの事実関係から一部分を区切って事実と特定し、それに対する法律の適用という限定的、静態性の構造を作り平等性を計るという行為が生まれる。
当事者間において問題が生まれ、両者の納得感が導出できずに、第三者の知恵を借りる事に成り、解決の手法として法律という型式を取り入れて、個別性の問題に秩序を取る事になる。法律自体も本を正せば、在る問題事象とその集積から、必要に応じて生み出された解決への型枠で在り、形式上は多くの人の民意に触れて作りだされる方法論であり、対処的な性格から予防的な指針と作用し、個別事象を制御する性格へと用いられる。
こうした実感の限定に対して、良好な関係形成を想定する実感の広がりもった世界観を創造するのが文化思想等の活動とも言い表わされ、永年の時を経ながら創り出された人々との良好化策や未来型の発想によるビジョンを描きだす前進性の観念図が創り出され、フォーマルに決まった基準の適用と、非公式な基準による適用とで種別される。
当事者本人の許しなく盗みを働く事は犯罪であり、根源的な不快感が生まれ、犯罪者は犯罪者としての扱いをするのが適当であり、フォーマルな犯罪者認定か、実際の性質の悪性という認識での犯罪体質を持つ主体かという区分の下、快適な性質を備える人々との関係形成に及ぶのが事実上の社会関係に成り、盗み体質などのマイナス性の発想や行為を生みだす者と関わりを持ちたいかどうか、個々人による選択の自由が置かれる。
短期性の損得を先行せずに原理比重の発想という感覚的な自然律として同質的な性格が集まり良質な快適性を意図した活動が生み出される。この側面が根源且つ個別性の各人の嗜好性や志向性であり、法律云々よりも文化という根源的な面から見る人間像と描き出され、望む人間を作る行為へと進行する。どんな感受性に快適を見るか、どんな人間を好むか、どんな社会システムを望むか、どんな経済観や国家観を理想とするか等々へと発展し、その快適性を抱く創造図面と実際の認識から方法となる行為が生み出される。ミクロの感性とマクロの図面との整合性に快適感が生まれ、言行の大きく外れない姿に根源的な快適感を抱かれるのが健康な心身を持つ主体性の実感に及びます。
物性原理が進行して自然な快適感を押し殺す事にならない環境整備によって、良質な人間世界が持続し、これを意図した施策が文化論の創造や実現となり平等思想の堅持された世界に映ります。
