調和の響き

調和の響き

在る程度の民間企業であれば、公に対して確固とした購買方針を掲げられ、その基準に忠実な適用を取り公平公正な市場の成長を意図した施策を投じられる。公共機関であれば、その基準は立法過程を通して創り上げられ、解釈や裁量の範囲もよくよく考えられて公平公正な運用が行われるものと思います。民意の反映された疑念の及ばない基準の形成と適用の透明な実施によって信頼が形成される。共通的な願望の効率的な実現手法という性格を持つのが、公共機関の根源的な役割になる。この面に影響に応じた責任の行使の姿が現れ、基準が悪ければそれを見直し改定して運用する手続きが取られる。どの程度の共通欲望を事前的な議論を経て形成するのがよいか。個別的な欲望とその立場と、フォーマルな強制力を背景にした共通性へと固めるか、万人に向けて堂々とした正当な論理を提示し、負担者への理解をとって個別を共通に纏めるのが、政治活動とも言え、そして運用に於いての適正へも検証が成されて、事前の約束と適用の適正が証明される。言行の完結的な過程を対象にして、共通欲望の健全な充足過程が実現する。各人の恣意的な利害によって基準を作る事を極力排除して原理の普遍性を追求する事が大きな利益の実現への道に成り、個々の付き合い等から生まれる感受性を反映する事無く、大局や根源的な焦点による原理形成と適用を成すのが良質な感受性と示される。それを描き出すのに、純粋な立場からの理想画を創造する事が要り、健康な人間像という世界観の探究が大きな利益の実現に欠かせない根源の基準と示される。このような活動に意義が備わり、個々人の素の立場や教育文化という領域からこの性格を含む創造が生まれる。この次元の創造も、公平公正透明に最良の物事を選択する過程が必然におかれて利益の最大化への条件が整い、この過程に妙な利害の立場からの作為で歪める事は利益の阻害行為になり、特定の過剰な欲望による力んだ振る舞いに及ぶ事のない自制心が備わり、公平公正な創造活力を停滞させない原理創造型の軌道が確保される。このプラットフォームをしっかり作るのが共通的な欲望の一つに成り、この意識を少なからず含んだ主体に実際の実務を取らせる事が欠かせない。恣意的利害に流れる事のない堂々とした基盤を持ち、納得性を下落させず公平に執り行うのが、優先度の高い資質と言えるのでしょう。影響力が高まる程に公の利益へ対する責任感が求められ、各自の懸命なエネルギーに対する適正な評価が生まれ、滅を伴う生を生む事への重みを加えた運用が生まれる。直接の実務を担う者が保身に傾きこの理念を踏みにじるようでは、即刻、そこから退場するのが道理であり、指摘される前に自らの判断を下すのが唯一の救いとなる。社会性を重んじるのであればこのような道理が自然に内蔵され、器に合った振る舞いが求められる。その適正を持続的に計るのが文化の重層認識から生まれ、仕組みと人間の整合を常時正す意識に在って適正調和が生み出され平和への道と描きだされる。人が人を評価する事への重みや理解が乏しいと、頓珍漢な人間が要路に居座りそこに縋る人間が現れ、各人の健全なエネルギーの阻害を生む。これが秩序と進行すると正しい行いへの力が萎み、抜け道や誤魔化し、嘘や詐欺、盗みが増加して積極的な創造の足枷を齎される。

厳密な静態的な基準尺度としてはこのような抽象論理が描き出され、そこに歴史的な動態をどのように加味するかという面も加減されて、より納得性を生む質実の取れた根拠が提示されるように思います。生きた動態感覚に実際的な生命観が宿り、静態認識の単純尺度で計りきれない部分を勘案する所に真実の実感が当てられて、真なる調和という響きに及びます。

無限創造型の社会形成

 

公務員の感性を中心に添えては前進性が高まらず閉塞的な秩序を蔓延させる。減点評価に慣れた体質は、事前型の準備ばかりに時間を充て、少しのイレギュラーに過敏な反応を見せられる。台本型の創造は程々にして、現場での感覚に重心を持った社会ビジョンの形成を柱に備えた秩序形成が健康体を表す。

びくびくした振る舞いは敏感に周りにいやな空気を与える。少し規格に外れただけで減点評価されるマイナスへの予防に意識が集まりその度が過ぎて犯罪をやらかす。正確性への行き過ぎた規格化体質は、未来前進性の発想を停滞させ、枝葉末節なちいちゃい利益への過剰反応に回り豊かな感受性を衰退させる。

これが経済の足枷を作る根本の原因であり、この性格を社会システムの要路に備える事無く、健康な精神を宿して他利の追求へと果敢に挑戦するプラス評価型の空間秩序を創り上げるのが相応しく、頭脳に偏した二次情報への過信は、心身を歪める原因に伺えます。

役人型の仕事という領域は確かに備わるものの、中心的な感性ではなく、上昇循環を常とする牽引役を前面に出し、暴走に及ぶ事のない裏方からの支えとして補完される重要な役目となり、両輪が機能して健全性が保たれて原理創造型の軌道が作られる。法律の専門家はどちらかという後者の性格を持ち、感覚や感受性型の経済の感性を中心に備えた躍動型の全体ビジョンに活き活きとした活力が生まれ、無限的な創造性と法的な限定性という構造が現れる。法の中ばかりで支配的な感受性を作る事のなく、大きな構えを備えた有機体である事が、感覚や感受性を中心に取った全体像と描き出されます。

つまり、健康像があり、それに向けた各種の方法が創り出される。法律は一つの方法であるという構造が生まれる。健康像という制約下での、無限の創造というビジョンである事がバランスの取れた人間界と表される。

受動的体質から根源的創造

 

合う前からあれこれ考え過ぎずに、一次感覚を経る事が根源的なスタイルで在り、二次情報等への過信を取らないのが本書の立場に成ります。実際に協働性が進む中で徐々に真実を掴み、受動的な事と能動的な事とが併存し、物事の進行を持つのが、フロー型の前進志向に在り、頭脳に偏した体質は、予め型の過去に比重を持った受動的な発想や回路の割合が多く、感覚的な体験を経ずに二次情報へ依存される。対象の中で創り上げる体質とは離れた発想へ行き過ぎずに、自ら環境を形成するエネルギーを投じる事が、感覚を根にして創り上げる規則性を常としてきた主体性の性質と現れる。このスタイルに在るのが、未来前進型、自主創造型の平等思想と捉えます。二次情報へ過信する事は良く言えば従順であり、悪く言うと受動的な依存症となり感覚を通して影響を与えて変える力を投じて来られない規則性が浸透した状態であり事前型の過去に起きた事象についてあれこれ分析を取り自らの漸進的なエネルギーを投じて作るスタイルが弱いのがマスコミや学問秀才の依存型の規則性に見受けられる。

その感性を広げる事は、あまり良い秩序の形成とは思えず、文化の根源的なゼロからの発想が強調されます。文章や過去にばかり偏することなく、感覚にベースを持った未来型の人間形成に軸がおかれます。