真理探究の道-普遍性と個別性の循環

良い文章や表現とは淡々と事象を列挙し、高所大所やミクロの感覚との開きの少ない公平公正な姿勢を持ち事象を浮かび上がらせ適正な要求を述べられる。過剰感も不足感もない正しく適当という実感に及ぶ表現に至り、説得感がずしんと日毎に進む自然な力強さという響きが生まれる。

原理探求型の真摯な姿は、物的諸条件という二次的要素を排して、人々の健全な理性に基づく適否の判断を導く提起と届き、物事を自然に動かされる。着色や力みがなく、標準感覚を柱に添え無私の境地から利益を求める批評には、迷いや邪な発想が微塵も映らず、ただ真理への到達を意図した良質な表現と映りだされる。

時と場所と内容がピタリと在った表現から、スッーと複雑化した物事へ一筋の規律を与え適当な方角や動きを進められる。この感覚が僅かでも残り、日々の複雑な利害関係から生まれる軋轢へ聖歌のごとし光を翳す。

多くの場合、特定の生産行為から利害が生まれ、万人から見た中立や中庸というスタンスをとる困難さが生まれ、聖人という感覚に届く表現はなかなか現れる事はない。しかし、特定の立ち位置にあっても、この諸条件を排した原理への欲望を抱き、物的原理とは異質の純粋理性から光明が照らされ、そのフレームに自他を公平に乗せる事の出来る感覚を残す事が、人や自然との永続的な対話に連なる要に思われます。

特定生産という対象と技術の限定と、最大分母に近い感覚による表現との2つの構造を備える歩みから、自己生産への磨きが掛けられ、或いは邪道に外れない持続的成長の軌道が確保される。文化という長期的な規則性に成り得る自己生産への道を模索する事が良質な生存や調和に連なり、客観尺度と客観適用の取れる感受性の持続に精神的な充足が生まれ対象との力みの少ない調和が進行する。

犯罪という事象は、この道から逸れて生まれる行為であり、真理という世界の探究心と個別事象との異和感の少ない適用を取る事の出来る構えを、常時体質化するような施策を意識的に作る欲望が高まって物理性への過剰な依存や無惨な事象が回避され根本の価値が作られる。個別と共通と根本という価値の構造と持続的な探究活動が、人間世界に不可欠な調和への道に成り、良質な根本概念の創造は人類の資産とされ世界遺産という名称が付される。そして自然な感受性へと浸透する。こうした論理を強調する事は多くの人の潜在的顕在的な欲望に思われます。