最も収益が上がる事業とは最も人々が求めている事であり、短期的一過性の欲望からはこの状態が生まれない。中長期に及んで望まれる事柄を持続的に提供出来て利益が生み出される。この意味の利益追求が供給者の理想的なマインドとなり、狭い意味の経済概念を超えて多くの利害を包含した概念の形成と及び、私益と公益の区分を統合して根源から質実を図る視点が欠かせない。
人間の生理的欲望から他生物の生命を奪い生き続ける事実を踏まえた心理的な欲望の充足という図式によって健全な発想をもつ自立と協調の関係が描き出される。衣食住が生存に欠かせない必要物資で在り、この安定基盤が何より先んじられ、その確立と余裕をもち心理的な豊かさへと発想が向けられる。この適正感をどの辺りで見るかに個人差が生まれ生理と心理の割合感覚が作られる。生理面を一遍に望まれた感覚的充足への進行は心理面の充足を下げると抱くのが多くの人々の感性に思われます。そして両面の適正を求めて持続的な軌道を作り安定的感情が現れる。この基軸動態が活動の背骨と形成される。
今日的な現況は、物理性の過度な進行という心象や実感が生まれ、生理面を得るのに見境の弱い反応が加速している感を持ち、ここから心理面と生理面の解明や、欲望の在り方を再考する契機が生まれ、分業やサービス経済化の中で直接的な心理の充実を図る創造領域への要望も生まれる。本来的基軸には生理と心理を両面取り入れた創造に真っ当性が現れ、いずれか一方という性格には基軸とズレた感情が映り生理的性格の実態認識から目を逸らした心理性の偏りに主客の分離した理想主義や偽善への不快感が生まれる。
この感性が置かれて、現況に対する皮膚感覚から両面の適正を創り上げる発想に、理想と現実と方法の図式が現れ、いずれかへの行き過ぎに制御を果たす所に、変容しづらい人間の志向性を感じます。外界へばかり美しさを求める主客の分離は、実態の人間を見ずに過剰な美化を求められ、逆に性悪説へ偏して猜疑心や詐欺等が慢性化する対立性の状態への行き過ぎにも、先鋭化した物的衝突を招き、どの辺りを基準にするかに中長期性の利益という概念が生まれこの欲望が文化論の観点で言う収益性の最大化の意味になり不動的な感情の姿が掴みだされる。ボランティアや非営利組織、芸術という活動にこうした概念が弱いものであれば、歪んだ心理の利益追求が進み健康な利益に陰りを落とされる。真に有益な利益概念の創造と保有と実践に健全な成長軌道が添えられる。
このビジョンの導出には、ミクロ面における正負を内包する根源の人間像に立脚した発想が健全な創造を生む源泉に思われます。自己と対象を同列と構える重層の認識から、生物に対する繊細な感受性を含んだ対話が生まれ、命を奪い生きる客観認識が手放しで自己肯定感を持つ事への罪悪感を含んだ感性に通じ、それに即した反応に健康な心身を有する人間の姿が現れる。この感覚を欠いた自己中心性の強まりに歪んだ精神の根源的原因が浮かび人との関係に現れる。過剰な美化からは良質な感性を曇らせ人間が持つ負への感性が正しい美を創り上げる。
こうした論理が教科書的に掲げられ各種の立場における実際的な見え方の相違が生まれミクロの一次的体験による事実を経ながら細かな実感が形成されて、イメージと感覚との適正な認識が創り出される事に思われます。この一次体験の簡略化から思い込みの過度な姿や、盗みや詐欺に進む箍の外れた安易な力の用い方が進み感情の崩れを作りだす。身体と精神の弱まりと映り、二次情報の過信や、頭脳過多や物理依存の弊害が今日的な問題点と現れるという因果で浮かびます。