インフラの良質性への道

共通的欲望の実現となるインフラの形成とその責任を担うのが、政治行政の役割であり、この現況認識と評価と施策を当たり前に責務と負う感覚の程度から、各人の資質や能力、意識を窺い知る事に成る。これを明示化するのに、理念や信条が高らかに掲げられ、実際の行為で測定される。

この大義の程度がスカスカで、個人的な利害へ偏した振る舞いを見せる事では、個々人の利益誘導的な態度が明瞭に映し出される。

この実態に在る事から、稼業の様相という性格で質実が捉えられ、公の利益やビジョンへの忠実な行為が取られずに、商人という実像で認識される。

経済人に置かれても、この焦点から、実業家としての格が計られ、理念やビジョンを尺度にした公明正大性な意思決定や行為に、社会の公器という側面が現れ、影響力が広がるほどにこの性格が求められ、欲望と力と責任の均衡が計りだされる。

政治行政に関わらず産業経済や教育文化にも適用される原理となり、大きな欲望を抱き、そこに力が与えられ、マイナスを超えるプラスの活動という評価が下される要件となり、

人々からの信頼が寄せられ、社会を牽引される不動の存在と知覚される。

この実質的な観測が、力となり、規模の大きさばかりによる一面の評価では留まらない力と責任を不可分として独立性の概念を適用する成熟社会の価値判断が作られ、良質な社会を創り上げる責任感覚の所在や程度から、期待や要望が寄せられ、更に信用が積み重なり、大きな存在として人々を牽引される主導者という認識が作られる。

この正の存在がいる一方で、逆のマイナスの存在が浮かび上がり、欲望と力と責任の不均衡であるばかりか、マイナス性の影響を発生源となり、空の理念と実態の姿の悪影響を作りだし、利己的拝金性の性質の強い人格面の劣った姿が現れる。大きなパイを広げる発想よりも、ごく限定的な閉鎖性の利害に固執し、それを守る事ばかりにエネルギーが注がれる。これらの性質を明瞭にさせるのが、報道機関やマスコミの存在理由であり、この感覚と間逆の物理性に縋る姿がしばしば映し出され、多くのクレームと表出し、多様なメディアを通して発せられる。これが社会システム上の大きな欠陥と認識され、原理創造型の未来志向を塞ぎ、健全なエネルギーからの成長を停滞させる。

この認識が個々人に高まり、目先の歪んだ反応に便乗する事無く、中長期の利益を視野に取った善悪を峻別した行動から、空間の良質な常識が創り出され、公明正大で納得感の高まる秩序と及び、体質という規則性となって、文化という性格が捉えられる。

これの主導者が、政治行政を司り、或いは教育文化による観念の普及促進が伴い、或いは経済人の高い志が備わり、統一的なエネルギーの方向が固まり、そこに好循環という言葉が当てられる。自制力や自律心の伴った主体性が現れ、犬猫のような他律的従属性の感性や振る舞いに軽蔑感が作られ、人格や道徳の備わる活動が常態化される。

これを力強く引っ張るリーダーにエネルギーを与え、インフラの水準を健全な値に戻すのが、マイナス性の除去であり、その意思や行いを良く見分けて、適正な評論を繰り広げられる人々が良質な観測者であり、正しい道へと間接的に運ぶ重要な役割という認識が生まれる。悪性と良性はこうした尺度によって明瞭化される事でしょう。

 

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