感受性から対象の認識力へ及び、それへの感受性が発生し、方法を導出するのに感覚と頭脳を用いて、快適は増進、不快は減少へとエネルギーが投じられる。この流れから次第に、方法が多産され、物的側面での豊かさが増進され、感覚を使わない環境が生み出された。
人と物との関係が増え、人と人の関係が減少し、感覚的接触が減じて、感受性を経ない事から、その面の劣化や衰退にと回る。感受性の弱まりは、感覚という身体状態の作用に起因し頭脳へ偏した操作性に及ぶ。つまり、科学技術の力を用いるほどに、自身の身体の活用機会は減り、その弱まりと頭脳への作業性が強まり、実態的感覚面からの認識が減り、感受性の弱まりや貧困化へと連なる因果を感じます。このような因果が人と物の関係における実感認識に成り、現況の欲望の生じ方を掴み、人間自体を知る事に成り、それに対する快適不快の感覚が生まれ、マイナスを補う思索へと探求が進み、欲望自体の調整が生み出される。各種生産や法規制・制度の構築への変質が生まれ、その結果を人間が感じ取り、正負の判断を掴み、生産へと循環するサイクルが現れる。自然へも生命を感じる感性が人へと反映され、命と命の対話感覚を持つのと、生命体という感覚が失われた関わりとは、異なる感受性で現れ発想思考行為の相違に及ぶ。対立的な対峙と強要的操作性が強まり、同列感覚がなくなり人間側のエゴが高まり、その充足を基調とした活動が強まりを見せる。それへの満足感が一定程度獲得された分、感受性の劣りへの認識が生まれて、それに対する感じ方から変化の程度が生まれる。
このような想定の下に、人間側を知るのが、文化論の焦点に合わされ、身体感覚と頭脳の作用と人へ対する感受性や物や自然へ対する関わりを知り、どうしたいかの感情を知り、人間自体を知る事に成り、作るという動作が生み出される。身体感覚を用いた生物的な健康管理という面へと焦点が高まり人との対話が増進し、頭脳側の操作性との良好なバランスへ及んで、心身の良好な状態が創り上げられる。こうした志向性への喚起が本書の基調に現れそのベクトルへ向けた施策やベクトル上の強化という性格の論理が各種生み出され、感覚と頭脳の有機性から欲望の健全さに及び、行為や思考が変わり人間が変容するといった一連のストーリーで描かれ、生物的な仕組みと情緒的な側面で人間像が形成されます。犯罪とは情緒的な感受性を根にして作られた各種の制限を超える行為に成り人間の壊れた状態を表しこの状態にある者に力を与えれば社会は乱れるのが自明の理であり根源を取り除く事がシンプルな改革に思います。これ以上でも以下でもなく、淡々と執り行えてインフラの良質性が維持向上される事でしょう。