外界と現場と管理

形式的ルールが創り上げられ、勝敗や各種制限が設けられる。その枠組みの製作が、活動の主体者から望まれる規定で在る事が活きた納得性を帯びるルールに成り、管理型の発想からはこの主体者の側から生まれる発想とかけ離れる。

管理運営側の見る変数と感覚的実施者の見る変数の相違からこのズレが生まれる。両者の側が考える重要ポイントや関係要素を明らかにして、相互の理解を進めて、車の両輪が回り、この相違を曖昧にする事から、対立的な感情が生まれ、良好な発展や成長を阻害する。

何を理由に曖昧にされるか、個々の私欲性を優先し、都合のよい部分に比重を置くとなると不協和音は強まり、対立感覚のままエネルギーの統一感が現れず、強権的な管理運営に陥り現場のエネルギーをふさぎ込み衰退への道を辿る。

または、現場の感覚に偏り顧客を無視した進行から、領域が萎むという流れがあり、その意見を汲み取り集約的方針が現場に伝達され、外界との接点が築き上げられる。顧客の持つ現場感覚の客観的把握が軽視されて、実施主体の現場感覚による身勝手な意志のまま外界を無視して衰退する。

この両面を踏まえた相互調整策が、長い活動を想定した際には不可欠になり、需給の一致や牽引策として現れる。

これが外界と領域、現場感覚と管理型の皮膚感の相違と、相互理解と協働活動の過程に見られ、そして大本には出来る限り近い理念とその解釈の同質性が備わり、いくつもの矛盾を乗り越える調和策が作られる。領域内に理念が留まらず、外界の意思を含んだ理念の成長と及んで、領域の拡大や成長とも見られ、量の増大や質の充実という観点から、これらの方針が現れる。領域が持つ真価の付け方の相違か、利己的個人の性質か、観点の相違によるズレか。

一貫した感度は積み上げ型の体験から生み出される。しかし、その領域からは発見しづらい観点の創出という面が在り、叩きあげ型の感覚と、他の世界での感覚との交わりから良質な施策が生まれるか、悪質な施策と捉えるか、大本の優先価値の同質性がこれらの判断を分けられる。

外界迎合的な領域か、外界牽引型の領域か、その割合感覚やタイミングなど、科学技術という感覚性の力か、情緒的な力か、混合か、

こうした大別で需給構造の認識が生まれ、そして、どこにどんな力を投じるかの決断という作り込みが成され、外界との対話を繰り返し、両面の微調整をどんなスパンで更新するか等の認識と行為の持続的な活動が展開される。

このような活動の観念をある程度備えられて、相互認識の良好性に及び、局所と中局と大局、時の分母感という構造の下に、協働生産や個々人の志向の割合や関係の繋ぎを考える事に思います。全体集約という立場の必要性や、現場感覚の重要性、其々に意義が生まれ、納得性在る進行への意識を持ち、実感を生みながら、大小の成功感覚や失敗感覚を経験し、不変的な価値の認識が形成され、そこからの応用という流れが強まりを見せる。

不変的な価値には、正直、誠実、信用、といった抽象観念で纏められ、その実感規定の取り方に広い幅が生まれると同一感情が形成されない。この微妙な感覚が緊張と緩和の循環という時の重なりを経る事から狭まるものでしょう。

以上のような抽象論と個別性の適用から各自の事実認識や価値形成に連なるという想定が生まれ、共通的プラットフォームの意義が少なからず生まれるように思います。

 

コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください