1)文化再生への道

1)文化再生への道

一言でいえば、真剣身がない所に、堕落した発想や思考と行為が生まれる。高みの見物で留まり身を投じない姿は、物を述べるに値せず、高い所に登るのは、全体の動きを捉え、流れの停滞を起こしている所に原因と改善策を生みだし、動脈硬化を直す事や、新設的変数を設けて全体の軌道を太める事や新たな流れを創り上げる事が望まれる。

この集中的観点に加え、領域の範囲という広がりで見る事が必要になり、領域が持つキャパの限界値がおのずと現れる事に対して、それを超える視点が求められる。深みと広さ、縦横の構造を設けて対象を捉え操作する事に成る。

これに加え、人間側へ目を投じる事が不可欠である。外界を感じ取るのは人間に他ならず、なぜその観点に関心が注がれるのか、或いはどうして、他の観点に目を投じないのか、欲望自体が生まれる因果の認識と、自己変革という部分が外界の捉え方に変質を与える。この思考を高めるには、

ストックを持ちすぎる事は悪であるという秩序を作る事が第一に置かれる。資源を寝かしておく事は罪である。という意識が要り、責任の能力を持たずに過剰な権利を抱えた悪性という認識を持つ文化秩序に健康な心身が宿り、生命の輝きが増進して長寿につながる。長生きしたいという根源の欲望を充足するには、過剰ストックによる精神面の堕落が身体への健康を阻害し病気が生まれる因果関係が少なからずあり、これを感じられる感受性を作る事が最も根源の原理におかれる。この人間側の改革が、停滞や下降曲線を変える上流の施策に備わり、外界の見え方も異なって、主体と外界を合わせた躍動的な生命の実現に及ぶ。外界ばかりを変える発想が強く、人間側の根本原理に目を取らずには本流には至らず、人間改革や根源秩序の変化へと着手する事が改革の本丸に成る。

フローを良くするにはストックを変える事が要り、過剰ストックは罪で在るという常識を高めるのが根源の視点で在り、フローの躍動に欲望が生まれる体質転換への施策を投じて全体の活性化に及ぶ。ここが文化政策の中軸にあり、小手先の経済策は本質を変えるにまで行かず文化教育という人間作りがあらゆる根源となる。

他人事の発言や身を投じずに、コンサルタント的な構えで要る事が最も経済政策への阻害を生み、身銭を切りフローへの熱を投じて健康な心身が手に入れられ長寿へと繋がる。この意味では一部のマスコミや政治家、資産家等の存在が最も不健康の代表という認識が生まれその性質に罪悪感を生む感受性の高まりが少なからず要るのでしょう。

価値の序列を根源から再編する真価の付け方をこうした論理で再編する事がエネルギーの再生と創造の再編を生みだす根元の焦点と位置づけられる。

発言と責任感覚の一致で質実が計りだされ、付加価値が形成される。この捉え方なしには論理ばかりで点数稼ぎをするような文化秩序が慢性化し虫けら感覚に是正が取られて、良質な素材を知覚する感性が高まりを見せる。盗み等の不正はあまりにも低次元の事柄であり、本来的には論外で即時退場の扱いとされる。

 

 

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