文化という言葉からは人間の所与的側面へのアプローチが取られ平等思想が美的感性を示す感受性の中枢に位置づけられる。この実際的な解釈と実現に当該領域の柱が備わります。平等思想は権利意識ばかりに向かうと歪みが拡大し義務感が備わらなければ平等に至らない。この向きの指摘があまり見られず、片手落ちの概念として取り扱われるかの事には適正な調和が果たされず精緻な認識を作り良好な創造活動へと運ぶ意図から以下のような認識の整理が生まれます。
1-1平等観念について
年齢や性別、職業や国籍等によって差別を設ける発想はなく根源的な論理の形成による基準と適用に見る平等という一次的な解釈が置かれる。基準の中身は欲望と充足の図式が尺度に成り誰にとっての欲望と充足かの精査から利害の程度が必然と現れこれが二次的な段階で在り、そして、それの賛否の機会を与え採決するという三次元の構造で区分される。
1)最も根源の層からみる平等観念
2)実際的な利害の序列の表出
3)意思表示の機会を公平に与える
2)で限定性を持ち、内容と権利義務が特定されそれへの賛否を示し、個別的価値観とその実現が描かれ意思表示の結果から欲望の充足が得られる。4)透明性ある過程の経過と運用における平等、この4つの観点を備えた平等観念に適正な内実の実感に及ぶ示し方が現れます。
1-2平等観念の完結性と根源性 主張内容で「何をやりたいか、どうやるか、それらはなぜか」について表明し、権利義務関係の適正を算定し、内容の採決から受益と負担の実施が取られ、執行と効果の検証で主張と行為の実態が計られ完結した創造活動と纏められる。このうちのどこに問題を感じ取るか、過程と内実という質の異なる焦点を持ち、問題の指摘と理由を示すのが主張という表現になる。1)における次元は特定の観点を設けず、発言の自由を平等に与える事に成り、内容の良否形成の流れに乗せ個別と共通の意見を集約する過程とで区分される。前者の部分に何がしかの介入や作為性を設ける事は平等思想の根源性に触れ、ここは限りなく制限を置かない事に適正感が生まれます。それをどうとるかの次元は区分される。
1-3表現の質的相違 この全体フレームの中で、権利と義務の実態が掴みだされ、権利ばかりに進み義務感が弱いと見られる事象が原論先行型の社会に見られやすくその精査には、原論自体に付加価値が備わるか、欲望の表明という利己的産物か、動機や性格、程度の違いから質の相違が把握される。前者はそれ自体が創造事物という付加価値に成り後者は付加価値を作る序盤の表現と配され、実感の取り方に個人差が生まれる。無形財の真価を計る視点になり表現の質の相違が生まれる。
1-4問題事象と文化水準強化の視点
他者の表現を用いる事は、そこに価値や効用を感じて二次利用する事であり、付加価値を持つ創造事物の活用であり、それには相応しい対価の支払い義務が生まれる。無形財を盗むという感覚が弱いのは、自己生産過程の不健全な型式から意識が作られ歪んだ人間が作られる。ここに今日的な病理現象が生まれ、平等観念を尺度にした客観的な自己を含んだ認識が取られない私的欲望過多で責任感覚の弱い歪な精神をもつ人間が生まれる。この面のクローズアップと改善への施策を取るのが、文化水準の向上やインフラの強化に成り、根源の自律心の上昇した制約と自由の緊張を持つ世界が意図されます。歪んだ生産体質から物理性に振り回された利己的欲望過多で義務感の弱さという過不足が生まれ、頭脳と感覚のバランスを崩した感受性の衰退した性質が作られ、それに失望感が現れる。
平等観念と自己評価を取る重層認識による客観評価と制御が出来ずに、過剰な要望を外界へと求められる事や、盗んでまで生き残ろうとされるようでは良質な社会が生まれず、人間の下限的なインフラ面が壊れここを直す事が重要に思います。ゴミをごみとして処分する事が遅れると被害が拡大しその判断の質に人間と動物を切り分ける境が置かれる。