前向きの創造活動とは、技術と市場を描き、そこに全力で応えようとされる人々の活動であり、この気流を基調として正々堂々と対峙する事であり、この焦点に意識の大半が注がれる。後ろ向きの創造とは、この基調とは若干外れ、市場や技術の追求よりも、そこへの間接的な関わりから、興味本位な第三者として冷やかし的な姿勢を持ち、勝手気ままな健康な動機の弱い非生産的な振る舞いを取り、或いは技術力を提供して正当な対価を得るよりも、技術を歪んだよこしまな発想で用い、言わば盗みのような正々堂々とした振る舞いと外れた行為を取られる。これらの差は歴然と現れ行為の性格の質が規定される。
後者の納得性に及ばない姑息な態度が進行すると、その歪んだ感性が前進性の阻害を生み、
歪みの連鎖による悪性の秩序を深めさせ、健康な好循環を著しく劣らせる。この性質を特定し取り除くというマイナス性の除去という活動も、少なからず視野に含めてプラス性の軌道を強める相互関係で捉え、適正な対処を実施する事が、現実的な姿と現れる。
マイナスの行為を働いた場合は、それについての理由を明らかにして、被害への損失を払い、更生の時期を課して健康な心身へと再生されて社会復帰が許される。この過程を形式上のプロセスに乗って執り行うか、非公式の自身なりに考えた更生への道を執り行うかで行為への整理が果たされる。これがマイナス性の対処と再生の軌道となる。
予防の過程とは、予めの健康像が形成され、それを標にした行為を取る事であり、前進性の未来創造の発想を強めた好循環として描き出される。そこには、対象から抱く理念とビジョンが形成され、それに向けた堂々としたエネルギーを生みだし、需給構造の中で失敗や成功の体験を執り行い、得てして気持ちの良い活動が備えられる。問題の解決や、好感の増進を意図して、人々に喜ばれる創造活動であり、投じたエネルギーに対する確かな感謝を貰い、持続的な向上心が備えられる。
この予防の図式を基本に取り、マイナス的発想に及ばない強い前進が生まれて、技術と社会の良質性を創り上げられる。歪みを常態とする人々も少なからず見受けられ、これへの対処に警察・司法の役割と、教育が直接的な関与を持ち、生産活動における歪みの是正に作用する。そして、間接的な制度の構築という面で政治行政の適正な作用が求められ、更に、これらの集体に、各人のもつ思想体系が備わって、経済産業、政治行政、教育司法という3要素の全体観が形成される。この図式に寄り、短期性の利益から中長期の利益が想定され、各領域の主眼となる目的が備わり、領域間の適正な連携によって全体が回り、持続的な成長軌道の循環システムと浮かびます。
領域の独自性と他領域との衝突や対話を持ち、工程間のインプットとアウトプットが規定され、変換過程の向上へとエネルギーが投じられ、各種領域の互恵性が生み出される。
この構造を基礎づける原理が、感情と感覚と頭脳の作用による人間像とされ、この良質な関係を拡大的システムに当て嵌め、マクロの最良性を創り上げる共通観念が取られ、その下の認識から、全体としての働きが掴みだされる。こうした何がしかの共通ビジョンが生まれて、対立と緩和の前進的な指針と作用し、後ろ向きな手法を取らないエネルギーの向上へと連なると描かれます。
間接的な第三者という立場への精緻な事象の認識と、その効用や意義という面の認識を適正に形成し、マイナス性とプラス性の主体を見極める事も少なからず視野に入り、直接生産への有効な第三者として活用や利用の指針が健康な人間像という面から作られる。
この規定と運用の適正なシステムの強化という面が、今日多くの人々からの関心に在り、市場という作用とは異なるフォーマルな規定と運用の高度化を遂げて構造上の性格から生まれる悪性の予防策を講じる事が必要に思われます。
適正な第三者として、健康な心身を備える各種制約やプロセス、要件を大きな議論として詰められてプラス性の増進が叶う事に思います。その際の標準像がマクロ人間像という観念図で表され、大きな仕組みの把握に活用されるべきという起案が本書の創造と意図に備わります。万人的に関わる社会システム上の要を良質に作るのには、個々人に対する問題提起として特定対象者を絞らずに、出版流通という形での訴求に純粋な活動が創り上げられる事と思います。今日的なテーマとしては、野次や人権問題、憲法という根源的事柄とも密接に関わる事に成り、人間像という括り方での更新時期を迎えているかに思えます。