ご挨拶

ご挨拶

言行一致という事は古くから様々な人々によって掲げられた適正化の指針に成り、現代のサービス経済化に在っては、原論や知的情報がアウトプットという性格を含んだ行為に及び言行の曖昧性が作られる。知的創出と人々の欲望とがマッチすれば、行為の性格で捉えられ、人々の感情や欲望の充足行為という生産活動に配される。こうした認識の上で曖昧性への各種快適や不快性の事象が発生し、それへの対策や予防の施策として文化論等への思索も深まり、この体系への共感や異同も生じる事と思います。一定の同感や、より強調すべきと思われる人々に在ってはこの体系に意義が備わり一種の知的サービスと及んで行為の性格という認識が生まれます。寧ろ、この面が有形無形の事物や行為に及ぶ根源の観念となりその創出には高い効用や付加価値の実感が生まれても自然に思われます。人々に真に喜ばれる知的創出へと少しでも作用する事を意図してエネルギーが投じられます。

欲深さから対象の捻じれとなりそれが標準感覚に備わる。欲と責任の均衡感覚を持つ人々から見ると、その捻じれ加減が感じ取られ自然体と異なる力みが映し取られる。良い意味の力みと、利己性の強い力みという性質の相違が浮かび、前者には快適性が後者には違和感や嫌悪感が生じる。悪い意味の力みの象徴的な行為が犯罪であり、万人に課せられた制約を超え、自我を通そうとされる行為に成り、感覚性の強いはっきりした認識が生まれる。

これに次いで言行の整合性が著しく乖離し、約束や契約といった信頼を形成する意思の弱い行為に現れる。なぜ、その感覚が備わるかの分析は様々体験的に察しが及ぶものと思います。この焦点をより健全に解析すると、感覚と観念の構造と表現という焦点が現れ、

健康像への思索と創出に及び、言行の整合へ向けた観点として示される。静態的構造や成長過程論と描かれて、健康の標準像として表現される。これらが、インフラ的基盤面と固まり、その基準からの許容範囲や、前進的な創造面に対しての健康的増進に及ぶエネルギーの創出面が、自然な感性として現れるエネルギーの投じ方となり基盤と上昇の図式で総合的人間像と描かれました。

自然感性から利他を作り利己と回る循環が、人との良好性を求める自然な姿であって、この流れに好循環という概念が適用される。人から奪うエネルギーはこの循環になく、供給論理を過度に強めた支配願望が深まり、下限の制約を守らずに、言行の一致も疎かにされるかに見受けられます。適正なフラットな感性から離れて異常な感覚を生みだす因果について、大凡、そのからくりは共通的な原因の実感と示されるかに思います。これらの観点から標準とプラスマイナスの感覚が作られ、悪性の強い感性は次第に明瞭化されて、自浄的反応が生まれるのが生来的に残る多くの人の本能になり、この自然感情を正直に発して濁りの少ない快適性の増進が作られる。健康フレームについての体系的な観念として『日本文化原論』を纏めました。

文化改革の筋道

 

信用形成は基本的に原論のみでは生まれず、原論と行為の整合的実感で生まれる。この理屈が多くの人の信用規定に思われます。言い換えると、頭脳と身体の整合でありそこに感情を根にした人格の所在が確認される。これを少なくとも感じさせてまともな対人関係に及び、この前提には基礎的下限の不快行為を当たり前に守る自律した制御が所与になる。この二段階の感性が人間の要件となり意思を持つ主体と規定される。

現代のサービス経済化や原論先行の社会にあっても変わらない不動則に成り、相互やマルチの関係形成の原理と作用する。経済的物理性の感度がだいぶ先行されて力の制御を欠いた行為や地から足の離れた原論が頻発し、頭と身体の分離した状態にも見受けられます。これを示す症状が論理構成に現れ基軸の見えづらい主張が生まれる。何を望んでいるのか、その正当な根拠は何であるのか、迷いの少ない力強さが備わり意図の鮮明な表現が作られる。

これらを生みだすには、それまでの歩みに後ろめたさがない事が堂々とした論理や姿に連なり、小手先の騙しや盗みといった道から外れた行為の有無からエネルギーの強弱に反映される。物理依存症で責任感覚が弱いまま自律を欠いた性質からは強いエネルギーが発せられず言行の乖離が顕著になり文字通りお飾りという知覚に及び、聞く側がまともに信用を寄せず金の為だけの道具という扱いが生まれる。

一部の財界人や、親の光に依存して地位を得た性質に顕著であり、感覚工程から感性を築く道を省略した軌跡が明瞭に察せられる。負の側面に適当な対処や予防策を講じるのが長い目で見た賢明策であり、そこを外した創造には良質なエネルギーの上昇を妨げられる。このような問題意識が真っ当な感性を有する人々に備わり表に出さないだけと思います。これに対して強いリーダーシップを持つ健康なエネルギーへと力を集約させ、適正な欲望と責任の均衡策を投じるのが優先度の比較的高い施策に思います。マイナス性の除去という面の改革とプラス性の更なるプラス化は密接に関わるのが実情になり問題の根は大凡特定されている事でしょう。

大局からのシステム改善にミクロの性質の善し悪しが影響し人的性格の面に行きつき、ここを直すと比較的スムーズな気流の促進が作られると思われます。道具的に活用し続けこともそろそろ控えて質実の適正な軌道への後ろめたさのない力の進行へと運ぶ事が中長期の良質化策となって後の世代への責任が果たされるものと思います。確かな文化基盤はこのような焦点で促進され強いエネルギーの量産される土壌が形成される。単純な経済性は一過性の事に成り根元の腐りを直す事が避けて通れない改良点と思います。

 

健康概念の効用

複雑に絡み合った物事を明瞭化させるには確かな基軸観念の存在が欠かせず、根と基幹と枝葉の構成から対象の芯が現れ、問題への強弱をつける感度が生まれる。

報道等で憲法の内容に関心の焦点が注がれ取り上げられている。国民としては、積極的に参画せよといった論調で、表現されるモノも見受けられますが、それ以前の信用面が整わず、強い関心や関わりを持つエネルギーが生まれない実情に見受けられます。多くの人は直前の仕事で手いっぱいで他にはエネルギーを注ぐ余裕はなく、誰が見ても明瞭に解る表現を作り示す工夫が民間の取引では当たり前に行われる。小難しい表現を解り易く、短時間で理解に及ぶような一般的日常の表現に変換して、且つ全体工程が示されて何がしかの良否という感覚が作られる。

その実施面における信頼性が備わって、提示されるものへ真剣なまなざしが注がれる。それまでの大きな失敗への責任を取らないままに、平気でぬけぬけと正論を主張するかの態度に失望感が強まり基盤面に強さが生まれず、温度差が顕著であって、頭と体が遠い感じと映る面が少なくないかに思います。この構造上のメリハリをもった進行に緊張の持続が叶い心身の繋がりが持続する。

抽象観念が並べられ感覚的な実感に到達するには、それまでの過程における信用度が多分に影響し、様々な不快事象が発生し報じられる度に関心は遠のき自身の直接的な利害の強い面へと限定した活動が高まる。基盤面への不信から何を取り上げてもコミットへのエネルギーが高まらず一部の報道機関ばかりが盛り上がり個々人が付いて行かないといった映り方もそう大きな間違いではないかに思います。

感覚的に繋がる基盤面の厚みが進んで、それの集大成に観念表現が纏められるのが基本的な筋道となり、一方で、トップダウン的に強い方向性の転換を進めるものとが両輪的に実施され次第に全体の進捗感が掴まれる。

これら進行の全体表現力がカギを握り、現況がどう在るかの認識を解り易く性格に伝える役割の強化があってマイナス面と同時に創造面の状態が捉えられる。部分批判に偏ってそれがやけに際立ち目立つような報じ方等によって関心が離れ不信が強まり身近な面への限定した活動が強まる因果を感じます。

商売的な自己論理を進める一方で、基礎モラルまでも超えた振る舞いに及ばない自律を持ち、大きなビジョンと進行を可能にさせる基盤の整備があって、大きなフレームへの関心にエネルギーが割かれる。こうした複合的な絡み合いの構図にあって健康概念の形成と強調は根本面からの背骨を示し問題の序列を紐解き適正な強弱感を生みだすのに有用に思います。