評価構造(なにをどのように)

評価構造(なにをどのように)
前進的創造面からみると、「なにを、どのように」が行為の焦点であり、個別と共通の志向が生まれる。つまり、「何を」についての共通価値があってそれに有効などのようにという手法への価値と何を自体への賛否という価値が生まれる。この構造を尊重して各自の意思の自由を根に備えるのがフラットな平等感覚に思います。マイナス的削減面には、「なにを」についての限定性が高く、共通性が割と明確になりそれを予防する為の手法というアプローチが生まれる。これらプラスとマイナスの相互因果関係の取り方も、比較的共通的な論理という実感が生まれるかもしれません。
以上の事から誤解を恐れず言うならば、多様性とは前進性に見る「なにを」についての志向で在り、これの共通面と個別面という区分を強調して価値の尊重が高まり、その上で、○○という志向が確認されそれに資する手法に優秀という概念が生まれる。「なにを」の評価は一律になく共通と個別性の上に共通価値と個別領域とを区分する事で一極的な価値の押しつけが予防される。
このようなスタンスが経済性の強い立場と異なる生活者のスタンスから形成され、需給相互の観点を作りだす発想に立脚した人間像と描き出されます。供給ばかりになく、需要を作る発想、何を欲しいか、についての多様な観点を導出する視点を備えた生活スタイル全般を描き出す事に成り、ここから個別と共通の具体的な現れに連なる。その生活スタイルと、実現するに有効な手法に優秀という評価が加えられる。即ち、思いからビジョンが形成されて評価基準らしきものが浮かび社会ビジョン等の構想やイメージと手法という区分をある程度設けた思考に立つのが、理性的な構造と思われます。この想定に立つと、ビジョン形成力自体への評価が優秀性の根源となり、人々を魅了する真に有効の実感が生まれるビジョンを創出できるかが優秀性を計る上流に備わる。「なにを」を作り出せる発想という面を強調して、それへの手法という次元の多段的構成の観念を持ちどの面についての優秀かを特定する論理構造を備える事が合理的な認識に思います。
論理整理上は以上のような区分が生まれ、実際上の感覚からどういう構図が描かれるか、その検証の持続的循環で、次第になにをについての不動性を欲する部分が固まりそれを基盤とした二次三次の何をという連鎖が作られる。この固定概念に新たな発想や欲望、気づき等を発生させられる創造に付加価値が生まれ、創造的優秀性という観念が当てられる。
幸福感の発見や創造、不快感の減少への創造と、両面の関係性を見据えた真価の実感として評価を持つのが、本書の健康概念からの導出になります。単純な利己的発想からの行為を除けば、創造事物を長い目で見ると容易に評価できる事は比較的少ない場合が多く、時をかけた吟味で真価が浮かび上がるのが実態と思います。
表層上の趨勢や流行か、長期性の価値に思える事か、根源的な焦点からの原理を形成する所に納得性の高まる「なにをどのように」が生まれるように思われます。

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