因果関係
因果関係という言葉が対象の動きを表す端的な観念に成り、外界の状態や外界と主体の関わりを表す事に成る。生じた事象の把握や起こす事象を説明するにも、この観念が人々に最もなじみの深い対象の観念化作法に思われます。原因と結果の構造が備わり、原因には人の意思の有無で種類が分かれ、結果は人の実感された物事が把握され観測と未観測の事柄が存在する。原因は直接的に感じ取られる事と二次三次の連鎖関係で捉えられる間接性の事や感じ方の強弱、速さや遅さという感度の相違が生まれる。人間にとって最も意識が注がれる事柄に対して観測が進み実感に強まり因果関係の連鎖構造が現れる。
生存本能が必要な対象を映し上げ、因果関係として事象の連鎖性をキャッチされる。衣食住と安定需給の仕組みが把握され、そしてより良い需給を作りだし、不安要因の解消と快適性の向上への本能が生じる。この価値観が共有され、協働生産によって効率の良い過程と結果の仕組みが創り上げられる。物質的な欲望の一定的充足が生まれて、情緒性の欲望が高まり、人への喜びを提供したいというエネルギーが増し、その活動に対する感謝の感情が生まれると、物理性の欲望に対してより好環境が齎され、これが一次的な好循環の形成というプラス性の側面と捉えられる。しかし、プラス要素はマイナス要素を不可分的に齎せる因果が備わり、欲望充足の適正を探り制御する次元の欲望が生まれ、二次的情緒性という質の高まる感性が生じる。以上が人を中心にしてみる因果関係の概説と浮かび、この世界観から最良なものと人との関係を探るのが文化活動という領域の主要な関心と現れます。
しばしば生じるのが、観測しているにもかかわらず、観測をしていないという嘘を付かれる。或いは、生産事物について無断で活用しながら、観測していないという盗みが生まれる。これが古くからの人間の弱さから生まれる不快事象の典型であり、これを許す事のない空間秩序を高めるのが健康な人間像への道に成り、文化水準の上昇と及んで未観測事象への適正な感覚や道理を心得た人間が創り上げられる。主客重層の認識構造を持ち、普遍尺度からの客観判定を行える潔い紳士な態度が健康の根におかれ下限の躾が整う。
この感性から公平公正公明な秩序の実感が創り出され、エネルギーの適正な循環と上昇の軌道が強まりを見せエネルギーの最大化への可能性が広がり、その結果、経済の安定と繁栄という事象に到達する。筋違いの正当化は心身の歪みそのものであり、不健康な人間に力を持たせては歪な秩序が慢性化し、経済の健康な成長を阻害される。一切の誤魔化しは効かない自然律と回す事により真っ当で強靭な人間を創り上げる。腑抜けた体質からの脱却が一丁目一番地の改革に思われます。コソ泥の説教が最も不快な事象の一つと数えられ、どうしょうもない愚図という認識に及びます。