物理性と理性の関係式の適正化という焦点が文化政策からの中心課題と浮かびます。学問偏重や坊ちゃん体質、科学技術過剰依存の体質は綺麗な論理を好まれる。その体質で大きな力を与えると単純な論理を尺度にして自己の願望を正当化して適用される。主客を含んで根底からの事象を捉えずに見る側ばかりに表面的な過剰要望や期待を表される。物理性に依存して自己の客観評価を捉えずに対象を力技で支配する願望が強く、これを持って我儘や暴走と映し出され、感覚工程を省略した事実が明瞭に知覚される。
実際の感覚工程に於いての論理は複雑多様であり、そこでの信用形成には主客一体の相互性の中から多数の変数を勘案した論理が形成される。絵に書いたような単純図式や一方向の願望を過度に押し付けては信頼に到達せず、これが物理性を過剰に用いない原理の形成と適用の姿に思われます。単純性の欲望を物理性で早急に獲得するスタイルが定常化し、それを加速させる現代の経済産業モデルにおける単式化のマイナス性の側面と浮かび上がります。この型式に、正負の感覚を少なからず併せ持つ感性に健康な心身を含んだ性格が映し出され、多くの人々に現れる快不快の感じ方に思います。
根源や長期性の人間像からは、単式的物理の作用をそのまま人に当て嵌める因果には及ばず、複雑な変数を身をもって感じ取り創造の図式に反映される。この焦点を動力に創造のエンジンを回して、動の快適とアウトプットを得る過程を生む事に良質の連鎖が拡大する。この基盤的方式を創り上げる発想を力の大きさに内在させ真に良好な人間像へと到達する。現代的な物理性モデルからの脱却を図る上で、こうした図式を強調して欲望と力と責任の均衡を尺度に過不足に対するマクロミクロの観点からの是正処置を実施する力が欠かせない。