5.ロッケンロール・ジャパン

 

表現は論理性の事柄と情緒性の事柄に大別され、後者が上方に備わり前者を生む流れに標準性が映ります。

芸術の中でも音楽の存在は、極めて直接性の感性を表される。癒し系のウルウル感と爆発性のロッケンロールに大別され、後進的と前進的な感性にも見て取れ、この反応を内在するのが人々の基本的な動力源になり、維持型の方向と変革型のエネルギーとを循環される。割合感覚で同時進行と見るのが実際的になりそこに基準感性や感度の所在が形成される。

生滅感性も、二極的な区分による単純的知覚を論理的把握に於いては用いられるものの、実際的動態は一つの観念では表しきれずに、両要素を含んだ感覚を持ち、それを表すのに形容詞の存在が欠かせない。名詞という固定化や知覚の方式に対して原理の微妙な動きに副詞や形容詞で、対象の実際的な状態を映し上げられる。二項対立の単純模型化に、繋ぎの役割を果たすこの感性が、事実の把握や価値の構成に精緻な性質を与え、感覚や感性の整合を高められる。

音楽等の芸術は、まさしくこの形容詞や副詞が全面的に現れ、個と個を繋ぐ動的反応に集中した世界の表出となり、動力源の作用を持ち固定的な知覚から動きへの力を齎せる人間のアナログ面と思います。

これが生滅を所与と持つ有機体における本質的な部分を示し、この本能からエネルギーが込み上げ、対象の把握や利用への思索と回る。感受性の強弱や繊細性がパワーに転換し、各種の創造に反映される。感受性の根源は滅への反応であり、滅に対する感じ方からエネルギーの質量が生まれる。この部分の感性を適当に抱けることが、良好な人間形成の基盤となり、物や人との関係と積み上げの過程で感度が生み出される。

 

感度を実感する焦点が、色彩や寒暖、音感、構図形成の感覚で現れ、そこから演出の構想力や表現に及び感受性の豊かさと現れ、自己の満足と共に、楽しさを与える欲望の所在が見受けられる。このような創造の原理で映し出され、おもてなし等の観念が創り出される。

自己欲望と他者の望みとを程良く集約する仮説構成と実際への反応とで、感受性の異同が発見され学びの機会が現れる。この感覚体験から知覚的単純認識では吸収できない形容詞や副詞となる感覚を掴み、対象の実際性を高められ相応しい構想力や施策が生まれて、より良い生が創り上げられる。滅への配慮や感受性が良き生の動脈源に当たり、形容詞や副詞という感性の意義が確認される。

物理的形容とは異質の有機的形容というアナログ力を根にした創造に多くの光が感じ取られそれへのエネルギーが注がれる。滅を超える生を創出する可能性は有機性の感受性がカギを握りその魂はロッケンロールに見出される。ビートの感覚が音の波を表しその波長と、音質の相違との重なりに見る快適なハーモニーの究極的調和世界の実感性へと運ぶ音楽的構想のセンスに感受性の具体的な一つの場面を見るに及びます。

 

 

領域概念の形成と筋道

 

人々には快適と不快という感じ方が現れ、その個別性と共通の面が備わる事を多くの人は認められる。この中で不快の共通面に、一致した限定性が明瞭に現れ、そこの予防や対策に協働して集中的に資源を投じて、基盤の堅持に同質価値を認めて意識を注がれる。個別性の事には各人様々な志向が許され、共通価値の制約の下に個々の意思で創造や選択の自由が備えられる。この図式に概ね共通の理解や合意に取り付けられるものと思います。

共通面の不快性には、盗みや傷害、詐欺等の行為が取り上げられ、その対策や予防に、警察、司法が直接の任に当たり個々人の意思の集約から行政が委ねられ、適正な運用が期待される。この最も高い要望から、消防や都市施設、環境整備といった面や、マクロ経済、外交軍事等と広がり、直接間接の因果が構成され、これら領域を共通性の価値として公の機関を設け運用する方式が形成される。

領域の優先順位と求められる事と運用の直接主体が考える事柄との整合から、意思の一致を確認し選択の自由が設けられ職務の遂行と実際の状態とを実感されて、領域の実態が浮かび上がる。この集約の大枠と個別の中身を整列させて、評価の検証が適正に下される。

このような対象の観測を専門に従事される研究者の活動が備わり、現象を明瞭に浮かび上がらせ、問題点や良好な点を測定して、その結果を各人が容易に計る事が出来、期待と効果の反映を持続的に循環する仕組みから、より良い活動へと上昇する。対象の明瞭性と容易な知覚技術を開発する事が、適正な創造へのデータを与え、各種の施策開発へと正しいエネルギーが注がれる。

領域と測定と改善というどこの活動にあっても汎用的に実施されるポイントが表され、

この水準の標準値を形成の下にプラスとマイナスが計られて制御ある取り組みが実現する。領域自体の範囲や、中身の水準について、どのような認識に在るがの現況認識が活動の出発点に成り、理想となる図式の保有との兼ね合いで産出される。

この構図を明示して部分焦点を取り上げ、全体と個別の関係を示されて個々の活動の意味や重みが把握される。協働的連携を持つ生産に在っては、尚更、この全体と個別の共通理解が欠かせず、その枠組みを常態させながら、各所の取り組みが自他へと伝わり、有機的な活動性が上昇し、付加価値の向上へと資する。

観測者と実務家、主たる権限保有者と従事者、受益者との相互関係性の在り方が、こうした基軸動態の整理から把握され方角感が浮かび上がり、全体調和性の高まりへと発展する。

自己生産の創造における動脈源と基軸動態とアウトプットの流れを、どのように構成されるかで領域が浮かび上がり顔の見える主体と知覚される。基礎データの集計と測定の可視化から客観性の高まる認識に及ぶ。この透明性や全体把握の容易性に連なるフレームの形成を共通性の価値に対して表し、根本の普遍性との関係や個別との割合感を浮かび上がらせ、良質な価値の向上へと運ぶ事が多くの人の関心に思われます。

根源のエネルギー

 

個々の私的感情が前面に現れる評論が多々見られる。利益を求めるごく自然な姿にも思えるものの、マクロと根本や大きな動態を含めた個別の焦点という構成を取られる事で、私的利益の妥当性に説得力が加えられる。

生産的立場の役割が、他者との相互性の過程から構成され、基本的な利益の性格が備わる。

自己領域を内外による関係で性格づけ、内からは根源に備わる動力源と吸収の根元と基礎回路となる基幹動態が備わり、枝葉の部分にアウトプットの成果が現れ、それを外部領域からの意見交換で多彩な評論や賛否の声が確認され、正負の反省の下に枝葉の剪定が加えられる。負の部分が根元に回り貴重な経験と蓄積され、基幹動態への変化過程の重要な変数と置かれる。

内部構成の「動脈源、基幹動態、」外部との接点となる「枝葉や実」そして、外部の意思という主要素で循環過程が生まれる。この過程に流れるエネルギーが、動脈源の動機と外部からの意見とを勘案して作られる一つの思いや感性になり、この部分がエンジンを回す熱と位置付けされる。火が点火され思いが強まり、エンジンという装置が創り出され、外部出力の仕組みが生まれ、アウトプットの産出に及び、それらの姿に他者からの賛否が起こりそれが熱に反映される。負の部分から熱を冷まし、正で熱が高まり、温度が再編されて、エンジンや出力、アウトプットに反映される。

表現者という面から見ると、発言や評論がアウトプットであり、それらへの評価が加えられ、相互性を持った循環の系が生まれる。要素と要素関係で、事実や価値が表明され、その感性に対して、他の要素と要素関係を持つ人々との異同が衝突し、多彩な感性の交わりが生じる。マクロという範囲の大きな想定の視点や、人間の根元に在るべき倫理道徳観からの指摘等から、特定の主張に対する成否や程度が加減されて社会的対話と浮かび上がる。

この質実を一定に保つ上で、ある程度の生産領域を限定して、アウトプットの成果に及ぶよう内実を高めるエネルギーが投じられる。何でもかんでも思うがままの批評という底の浅い利己性に成らぬような、一定の動脈源と基幹動態を備えた主体が作られてアウトプットを生みだす姿に妥当性や説得力の及ぶ産出が現れる。この形態自体が一つの倫理道徳の現れに成り、主体性の見える生産者という知覚に及び、自律の生まれる制御と訳され基礎的な善を内実した行為と常態化させる。外界との需給構造とアウトプットといった必須の健全性を保つ要素を含んで、体質の持続的維持が叶い対象との真摯な対話が果たされる。生産的立場を構成する以前の根源に、万人的立場として備えられる平等感覚を含んだ人間像の堅持が、あらゆる生産に健全性を含ませる作用と位置づけられる。ここが崩れるほどに生産へ歪みと生まれ、相互対話性の弱い性格が強まり力の良質な用い方を外した異質性が生じ需給構造の持続性を途絶えさせる。この自然作用が当たり前に回る事で不健全な性格を持つ主体が適正な配置に回り良質性が表に現れる。

こうした論理が文化という根源のエネルギーに備わり、人々の良質な熱の維持や上昇に欠かせず、この標準形から見て阻害と伸張要因を特定し各種の施策を講じるのが固有技術を適正に運ぶ管理的業務の役割に思われます。そこが、阻害の原因に成るかの事では正しく本末転倒という姿と知覚される。

良質な光と影の持続性

文系的表現の粗雑性は「割合」という観念の弱さから生まれる。割合感覚は、分母と分子の構造で表現が生まれる。「○○でない」とか「××である」という一方の断言に結ぶまでの過程や内容を構成して明示する所に判断の内実が現れる。断言する所だけではなんら意味を持たず、後者の内実を割合で構成するのが適正な理性水準に思われます。

この観念を欠くと極端な表現が生まれ、対象からの感受性を弱め短絡化した体質が生まれ物理性の欲望が高まり対立的な関係性を創り上げる。単純感性や短絡化の発想は、物理性の概念で、共生協調面を抑え込む発想を強め、その行き過ぎには、健康概念との開きを作り多彩性を均一化へと運ばれる。

この流れが強まる事に対して、どう感じられるかに適正の内実が生まれる。感覚性が強まる欲望や表現は、何がしかの誘導性や利己的性格の強い扇動的行為と現れる。対人的良好性を含めて、対象との真摯な対峙や相互対話性を開く所に人間の共生面が映り平等観念に基づく姿勢や態度が生まれる。そこから対象の丁寧な感受性や表現に、「割合」感覚が現れ健康な心身の所在が確認される。

犯罪を認定する構造も、要件の規定と適用に実感点が置かれ、事象の性格を動的流れと程度で割合をはじき実感の程度と表される。要件規定の絞り込みと事象との比較は、観念と感覚の適用となり、観念自体がどの範囲の事柄を想定するものか、広狭という割合感覚を持ち因果の縦横的な特定が作られる。横の広さと縦の深さという割合感を備えた現象化に、認識の異同が狭まりコミュニケーションの適正が作られる。

あまりに理系的な厳密性を求めて、ズレに過敏反応を生むのも不快性が生まれ、適正感をどの辺りに持つか、この観点を常態する所に感覚の制御という理性の作用が生まれる。

感度の近い所に安心感が生まれ、その一方での相違や変化の面との両方による循環で緊張と緩和の世界が生まれる。その制御は、平等観念を反映した心身の健康観念になり、感覚と頭脳と感情の3要素の有機性を人々の集まりで構成する人間観で協調や共生の姿が生まれる。このベース観念の下に、自立や変化への理解を運用と共に集められ、生に力が加えられ個と集団の良好な成長軌道が形成される。速さや強弱、暑さや寒さ、熱の入り方、といった感受性の割合を示す観念に、人々の活きた動態を表す感性の所在が確認される。

これに至る構成に、対象範囲の重層的工程が描かれ「○○である。」に向けた多段的道筋や、根元の不動的観念から基幹動態の過程が作られ、枝葉を生んで実を授かりやがて土にかえり幹を残す有機性循環図が、時間的連なりの面での割合感覚を生み、良質な感情の創造に連なる。

物理的感覚性が科学技術との関わりから深まり、単一的直線型の表現が多発する事には、対人上の不健康な姿を増進し感受性の貧困化を招かれる。物理性の深まる粗雑な対象化や単細胞の志向と行為が増し平等観念の崩しを進行させる。便利な社会と豊かな社会との性格を峻別した創造に健全な成長の方角が映ります。

以上のような観念的世界観に平和や調和と躍動の概念が含まれ、この観念を最大分母に備えた全体調和性への軌道を確保するという絵で纏められ、感覚と観念や文理の融合と訳されます。このベース感覚を少なからず備え現況の健康度を計り、取るべき所では思い切った決断に踏み込む場面が生まれる。

盗みという行為は、利己性の最たるものであって主張に留まらず下限の一線を越えるものであり、ここにあっては明らかな人格形成上の失敗という実感に及びます。この過ちには、誠実な謝罪を真摯に執り行えて、修復への軌道が生まれ、それを通らずには病的体質は改善されない。誤魔化しの上塗りで、一線を踏みとどまれない慢性化した感度が作られる。一度やれば二度三度と繰り返し異質な常識が備えられる。そこに大きな力を持たせれば、その常識が広がりを見せる。基幹には間違っても配置できない性質であり、早期の切除による対処を望むのが、多くの健全な人々の要望に思われます。

日本画家 横山俊一

表現と表現者の分析

表現と表現者の分析

見出しと内容の構造という焦点での分析を加え解明し、認識を深める事が正しい情報流通に欠かせない観点に思われます。理性的な判断や主張はこの共通認識の下に実現する。

見出しの例:「○○は××である」という表現について。○○も××も観念である。

【基本則】

観念と感覚と実感という認識の公式を前提に採用する。

観念には、直接の感覚に近い表現と、感覚と離れる抽象的な観念という型式が生まれる。

認識を示す対象とする範囲の大小によって、この性格が生まれる。

対象は、時と場所、観点で構成される。観点には構造と動態が示される。

構造には単一要素か複数要素の場合がある。動態は、要素間の関係で示される。

 

これらを踏まえ、

  1. 用いられる観念が、直接の感覚に近いものか、抽象的な観念か、

この感覚性の異同が生まれる。

  1. 抽象的観念の場合

○○と××について、「である。」と判断する実感規定を内容として取り上げる。

両者を結ぶ実感規定には、その観点や焦点という限定の上に、そこに構造と動態の在り様を示す作法が用いられる。

判断 見出し

○○は××である。

実感の取り方

内容1

○○という対象

××という内容

内容2

焦点の概要

・時と場所と焦点

焦点の詳細

・要素と動態

 

  1. 対象と内容の因果的実感の妥当性

要素と動態の示し方に、観測や認識、判断の独自性や共通性が生まれる。

その原因として3つ程度が浮かぶ。

・感覚的な実感に見る異同か。

・固定概念の持ち方に見る異同か。

・意図や動機、作為性の在り方に見る異同か。

  1. この原因から、観測者や表現者の性格や性向が浮かび上がる。

3つの原因は少なからず一つの表現に含まれ、割合感で特性が掴まれる。

この相違は、活動の規則性や成長過程の異同から生まれる。この原因分析に感覚と頭脳と感情の焦点から人間が映し出される。

  1. 標準的な健康像とそれとの乖離を描き、許容の幅が浮かび上がり、そこを超えると犯罪と認定され相応しい対処と予防の施策が講じられる。健康像への探究が文化論の中心焦点となりその探求が進められます。

以上の事から、表現内容と表現者という2つの観点を備え、表現の実相を実感する事に適切な対象の認識と及ぶ。

『日本文化原論 真なる調和への道 神からのブラボォー』(著横山俊一)は、上記のような焦点を対象に、要素と要素関係のモデルの探究や提示を試みる内容です。

4.有機性循環

4.有機性循環
飾り熊手にも大きいものから手のひらサイズまで、大小のカテゴリーがあり、更に、中心に何を備えるかで種類の多様さが現れる。お年寄りや熊手を長年購入される人々に在っては、鶴と亀、松と鯛とお多福を必然の部材とし、その意味や縁起という信仰を重んじられる。この型式が所謂、飾り熊手の定番とされる。若いあんちゃんやお水の姉さんに在っては、キラキラ、ピカピカの派手な装いを好まれ、小判が沢山ついた変わり物をお求めになられる。後者の側は、現代の一部マスコミと同種の感性にも見受けられます。それはさておき、こうした感覚事象から以下のような成長論の抽象原理が描かれます。
一番伸びそうな所に配置する感性が成長作りに欠かせない人間の創造力を表す。個々の素材の性格を掴み、どこにプラス性とマイナス性があるかの把握は、どんな理想図面を保有されるかに起因する。ダイナミックな躍動性、安定的な維持型、情緒性の動脈性、機能性の動脈性等々の志向性からその性格が特定される。
実際的には過去の規則性から、定番商品、季節性のモノ、色もの商品等という3カテゴリー程度に分け、安定収益と試作的なもの等の構図をもち、割合で志向が確認される。定番商品を把握するには、色ものを隣り合わせ、定番を強調させる施策が取られる。定番だけの配置では性格が浮かびづらく変化の大きな型式を設けて標準の識別が生まれる。実質的な期待は定番の維持に在り、色ものは定番の良さを引き立たせる施策と用いられる事が少なくない。飽きる事に対してアクセントを加え、持続性の維持を意図した施策を所々で企てるのが、総合的な構図の制御法に思われます。この中で、色ものが予測と異なり成長する事も在り第二の定番が作られる。しかしながら、意図しない伸びは、あまり喜ばしくないのが生産側の真意となる。
総じてポイントは要素の割合構成を根拠に志向の全体を集約する見出しが生まれる。定番とはその領域における本質的な意義を示すものである。色ものとは表面の見栄えを志向する性格と規定される。供給側の意図には定番を主軸にした感受性の伝達が備わりその為の各種サインが送られる。
基軸と枝葉の構成の仕方に性格が現れ、社会システムの体制も、ラインとスタッフの重みの相違が特定され相応しい扱いや価値の適用が生まれる。産業構造のサービス経済化の傾向と構図形成との感受性には密接な因果が生まれ基軸と枝葉の構成に反映される。
基幹とは創造と循環の流れを直接制御する主体を表し、その行為に権限と責任を備える完結性の高い動脈を指し、そこに側面から関わるのが枝葉の存在と構成され、これらの根元に根源の支柱となる理念の源泉部分が備えられる。枝葉は枯れて土に成り根元に栄養を与え幹と枝葉に循環する。この論理で全体の有機性循環図が浮かび、この概念と実際の適用に人々の感性が示され価値の序列が構成される。
なかなか枯れない枝葉は定期的に人工的な剪定も良質な循環には不可欠と言え、無駄な栄養は他の成長を妨げられる。時には、中長期の時代認識を描きバッサリと枝葉を落とす勇気がリーダーには望まれ、出るはずの良質な芽を摘むような愚策は歴史的な汚点と刻まれる。これが成長論の肝に思われます。
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文化的認識

文化的認識
一部の国立大学様は、民間の感覚と大分離れた常識を持つようだ。学者、教授という肩書負けしてフラットな感性と乖離した存在に見受けられ無駄な税金の支出先の代表例に思われる。一方向的プライドや権威づけに偏り、その序列づけに躍起になって相互対話性を弱められる。真に価値ある創造へのエネルギーに向かわれず実の弱い世界に映りだされます。この測定を客観的に取る仕組みから自他への適正な感性や振る舞いが生まれる。自己正当化の実態的な健全性を向上させ、一方向の供給論理に偏する感覚を予防する施策から、感覚と頭脳と感情の有機的な健康体が創り出される。頭脳過多で感覚を取らずに異質な感情を抱かれる循環に対して、3作用の適正化を生む事が欲望と力と責任の均衡へと近づき、公正公平公明な秩序形成へと連なる。
この原理をミクロ・マクロの人間像に適用して過不足の修正を進めるのが適正な施策に成り、測定尺度と適用を作るのが各種領域の持続性成長を可能にする。この過程によって自己と他者との感性が整い倫理道徳の実態的な状態が知覚される。フラットな平等思想や感覚は、以上のような力を生み出す原動力になり普遍的原理と備えられる。科学技術の進展と利用の促進はこの感性を弱め健康な心身を崩される。利用する側の意思の備えが外界を制御する基盤に成り、力への過度な依存に陥らない為の不動的な原理と浮かびます。思想の実践が弱まり観念ばかりに留まる事から不健全な体質が進行し実態を測定する標準感度からの乖離が生まれる。相互対話と自由選択の原理から感性の異質性が予防される。この作用が適度に回って平等観念の維持と実効性が生まれ倫理道徳の知肉化された創造に及び平和や調和という言葉の実感規定には以上のような論理が適当に思います。空の権威にしがみつき、外界ばかりに要望を強める科学的な対象化を制御するには、主客の重層認識による測定から人間と外界の良質性が持続する。伝統的な自然感性を根にした人間作りに、優れた調和性を生む鍵があり、自主内発的な施策の構成が違和感の少ない浸透と実践に及ぶ。成長過程からの自然的導入に無理のない感性が内蔵されどの空間にも共通する根源性の構築へ進める長期的な構想と浮かびます。

中長期計画

人格の崩れを深刻な問題と捉える事なしには、生み出される各種の施策に熱が生まれない。各種問題の性格付けや優先度の取り違えを生むのは根本の長期的なビジョンや方角が鮮明化されない事に寄り発生し前進性が掴みだされず小手先の感性を見せられる。文化の焦点が重要に思われます。

異質な感覚は、力と責任感覚のズレから生まれ、それが慢性化して平等感覚の欠如に及び、人格の備わらない行為を生む。盗みや詐欺に対する感覚が壊れて、基礎的な作法と乖離した感覚を強められる。市場や需給構造の異質性が健康な感性を狂わせる。この焦点が、ミクロ・マクロの人間の改善点であり公正公平公明という観念の実現を結ぶ中枢と映ります。効果と期待の相互性を作用させ、原理創造と評価の恒常的な仕組みの高度化へ運ばれる。

名前や身元の鮮明な提示が関わりの第一歩であり主体の特定なしに、飛び越えた行為を用いる感性は精神的な異質性であり関係形成の初歩を崩した人間観念と外れた性格と実感される。サイバー犯罪という今日的なIT化の促進は、主体性の特定なしに技術を暴力と用いる容易性を作り、感覚的生身の対人形成を取らずに異質の精神性を作り出す。

野次馬的なマスコミ感覚の増加には適正な是正処置をとり、平等観念の実態性や文化水準の下落を予防する事が急務に思われる。異常者に過剰な力を与えない社会的仕組みの整備が不可欠という面が浮かびます。

倫理道徳の体質化されない頭脳過多や、力の過剰な付与は、自己制御力の脆弱に及び、実質的な人格の整わない行為を生みだす。この面がインフラ中のインフラであり、この崩れに深刻な感覚と対処を取る為の問題意識の形成が文化論の重要な観点に成り、基礎中の基礎が壊れている事に対して、注意喚起や改善の施策を投じ良質性の確保を推進する事の意義は高いものと思います。

この問題提起から、教育の改変や司法の強化、経済産業の健全性、政治行政の適正化等の基盤の改造が生まれる。マイナス性を標準に戻す作業という性格であり、過去の総括に寄る現況認識と問題箇所を共通化して標準像を示す事が概略図となる。

この焦点に蓋をして、目先の経済性を追求するかのスタンスからは場当たり性の不満の解消となり、容易な手法に逃げて構造改革に着手しない事にならないよう根源的な視座からの健康な人間像とその共通性を高める必要が生まれる。インフラ面の低水準化への流れを止めるには、この面からの描き出しが要り人間の強靭化無くして国土強靭化や安全保障等は果たされない。躾の標準化が出来て平準を超えるプラス的な創造が実現される。この中長期計画が基盤にあって各種政策に適正な性格がつけられる。上っ面の政策に芯を容れるには、基礎モラルの改善をベースにした施策の認識が不可欠に思います。

 

 

文化インフラの意義

文化インフラの意義
コンサルタントや支援、スタッフの機能とは総じてラインを補完する役割と規定される。基軸事物の創出を円滑化される事やそれに資する一連の補完作業になり、陰で支え同じ土俵には乗らない事が自然の制約と置かれる。この線引きが曖昧のままに支援等という名目で資源を吸収して同質の土俵で上昇するかの詐欺的性格が見える事業や主体も少なくなく、信用が掴めずに安易に情報を提供し委ねることには至らない。呼びかけ人に盗みの体質やその行為が過去に見られれば、良質な人材や情報は集まる事無く、倫理道徳の資質が協働生産に欠かせない信用基盤を形成する。ここが不明瞭なままに呼び掛けるような者も多々見られ、健全な運用に信頼が寄せられず、大声ばかりが響くかの空回りや、意図や動機の不信な詐欺まがいの行為等も度々感じられる。看板等の表面に過剰な信用は与えられず、管理や主導、主催者の公明正大な運営力や性質の良好性が協働的創造に欠かせない。情報収集や採択や却下の客観的な基準の明示と適用の公開性が求められる。
この面についての信用を欠損したものには、二度と信用の修復は生まれず、盗みは重たい人格上の破綻を表し力が集まる事はない。倫理道徳の重しへの認識が弱く原論でそれを補えるかの浅はかさを持つ者が表に立てば事業は失敗する。似た者同士が集まりエゴに偏した盗みあいでは、真価が高まらない。
マスコミなどもこうした図式におかれ、ラインの事象を観測しそれに有益な視点の提供を行う事が一義的な役割に成り、有益には創造的な前進性と監視的な抑制の両用を併せ持ち、大きな理念や志向が描かれてそれに資する有益性の提供で活動が特定される。
基準形成作用という性格を含めると、スタッフ的な役割よりもライン性が帯び、実現主体性を持つ活動と認識される。理念や志向なき場当たり性の批判に偏すると、主体性は弱まり、他で創り上げられた基準による監視程度の活動という、従属的なスタンスの性格で表される。こうした立場の明示が相互理解に及び良質な協働関係の形成に左右する。
これらのポイントは基準と基準の作成、基準の運用といった公明正大性と、どの段階までを含んだ活動か、この特定や明示が曖昧で呼びかけや支援をする等という格好での事業展開には、信用が寄せらず情報収集には任務の範囲を限定した関わりを示し、部分的なミッションの合意による協働性が作られる。不明瞭性の予防の視点を強調して、ラインやスタッフという権限責任の所在を確認した上での進行が、相互的立場の自覚と共有に及び適正な事業の遂行を実現させる。行政と民間の関わりに於いても、同質的な観点が現れ、管理の範囲や基準作成や運用の権限と責任の明瞭性と検証を必要とし、乱用や恣意性を排除する運びから力と責任の適正が生まれる。
実際上は一定の付き合いの中から次第に信用形成が生まれ、関わりの深度に反映され、観念表現に過信せず実情の性格が基礎に置かれ活動領域の実感を取られる事でしょう。
範囲の絞り込みや許容性に、解釈のズレが生まれ、その大小の差は文化秩序の実際的な水準等が作用する二段構造が浮かび上がります。あまりに不信性を前提に事細かな相互制約作りに力を投じる事には無駄なコストばかりか不信性の概念が高まり良質の疎外を深められる。文化インフラの同質性の創造にはこうした面で寄与や効果が生まれ安定作用を齎せる。許容性の中長期的測定の構えを生み、相互信頼性を高める上での自律性の高水準化の向きへと運ぶ方角感に良好性の増進が生まれる。
その為に各種の監視や検証が取られ実証と共に制約が外れ、自主内発型の次元へと導出する事が多くの人々の根源的欲望に思われます。重要ポイントとされる焦点の同質性がこれらの具体的な感性の一致と確認され、それは物事の動態経路の同質性が背景におかれる。これを形成する視点が人間像への焦点に成り本書に於きましてはこのいくつかの観点を取り上げております。

表現と哲学

「言いきる、断言する」表現がしばしば見受けられます。率直に感じる印象は、あまりよろしくなく、少なくとも根拠を明示して適正感が現れます。良い悪いや、それをどうとるかは受け手に在り相互性を含ませるのが平等思想を実践される姿と映ります。立派そうな学者だからとか、実績等に甘んじることなく、一流人の変わらぬ姿には、少なくとも不完全性を含んだ表現作法が意識されて、社会性を持つ主体という認識に及びます。フラットな感覚を外して過去の栄光や肩書に縋り、基本姿勢を疎かにしてはメッキがはがれ信用を落とし、ここにも不動性が映ります。
もちろん事柄の性質によっての表現作法で在り、影響の質量を予測されて場所と時と内容を勘案の下に相違を作り、硬柔や強弱、精緻度が組みたてられる。表現者の思う感性からこれらの思索を経て、受け手がどうとるか、発して感じ方を実感して適正幅に修正する循環が生まれる。この許容幅を程度に持ち、ピッタシ等という事は大凡なく微調整を持つのが多くのケースでありそこに衝突や大小の軋轢が生まれる。これを過剰に恐れた反応では建設的な創造が生まれず、過去からの強い歩みが備わって少々の波風に揺るがない振る舞いと現れる。
肝に成るのが事実認識と動機や価値構成になり、前者には完全性を求めるものの後に事実が浮かぶ事もあり、後者の面には健全な精神を宿した行為を要件に、どんな欲望や利益を意図した創造かで計りだされる。獲得する作法の健全性が問われ、断定表現を用いる際には確たる論拠の提示が、過去からの対人形成の歩みと浮かび、信用構築の感性や程度と現れる。これに資するのが、物事への思慮の深さになり、動静観念や平等観念等の哲学的な側面から、表層の事柄を整列させる確信的な視座による性格付けが生まれ、浮ついた抵抗を撥ね退ける強い論拠が構築される。
こうした点から、基礎哲学の素養の意義が生まれ、倫理道徳や認識作法、表現作法という人間像を基にした対話や関係形成の確かな標準形が生み出される。物理的力に偏して理性的な感覚を喪失しては良質な気流を妨げられ、ここに一定の型枠を揃えたいとする欲望を持つのが多くの人の感性に思われ、本書の創作もこれらの動機を含む起案になります。
真実の探究はオリジナリティーを備えた一次情報を核にした体系から成り、その形成には真っ当なエネルギーの積み重なりから骨を持つ倫理や道徳に及び、断定表現には確たる論理が添えられる。学者や表現者にも様々なタイプがおられ一流と呼ばれる人々には、以上のような共通性が確認されるものと思います。