活きた現場感覚の脆弱性

今日的諸問題

現場経験と学問的経験から生まれる感性の差が多々見受けられます。直接感覚を常態した感性は、多様な場面での経験を得られた分、繊細な個々の対応を可能にする。人との経験の浅さが知覚的な単純図式やすっきり感の強い反応で固まり両者の相違が明瞭に浮かび上がる。綺麗に論理づける習慣は綺麗な思考と行為という解り易い図式でのパターンに固まり個別オーダー的な複雑さを捉えきれず現場からの不協和が生まれる。叩きあげて集約的立ち位置へと及んだ過程の有無から程度に現れ感度の違いからコミュニケーションの差に及び、単純化から各所の問題を広げられ感覚的体質と頭脳過多の相違が明瞭に現れる。知覚的論理の入力は感覚体験の省略を意味し、現場での多彩な感覚を省き字に表される。対象に近い所での感覚は五感をフルに用いて掴まれその一部が文字に起こされ対象との距離は広がる。それを読み込んで体験を知ったような感覚を強める向きには負の感性が深まり、感覚の貧困から対応の粗雑を齎せる。物理過多の思考や抽象論理の偏りも、同質の現場感覚との遠い感性を創り、この両者間の距離を作る因果が各種の問題を生みだす本質的焦点と現れる。工程の省略、マス広告と実態の乖離、物理依存、肥満化が感覚と観念の離れを生み各種の軋轢を広げ深められる。

主体性を強めるという意味も、ただ利己的主張ばかりを表すかの事象も散見され、発言を強める所と控える勘所を欠くのはただの雑音にしかならず、また、真面目なもの言いと緩めのモノ言いや暈したもの言い等々同じことを表現するにも様々な諸条件や空気の流れから工夫を持つのが現場体験の豊かさから身に付けられる。同一トーンで明瞭化させる事ばかりに意識が回るのは何の工夫も見られず、文字表現ばかりの頭脳寄りの体質に顕著に現れる。こうした観点を強調するような指摘が意外に少ないように思われます。

 論理的には観念の重層性という縦型の因果を思索する事等が置かれるものの、表現の多彩性は現場での時をかけた体験で鍛えられ様々な工夫が生み出される。実践工程をいく段にも及んで喜怒哀楽や成功と失敗を経験する中で生身の感覚と触れて培われ、多角的な視野を考慮した嗅覚や反射神経が備えられる。重要な基幹と部分的影響の少ないポジションで求める要件とは質的相違が生まれ事務方と生身の対話との大きな差が浮かび上がります。情報流通の要には感覚からの積み上げで個別対応の豊富な経験から適切な歯車の良質な循環を創り上げられる。対象の感覚を知覚へ変換するフィルーターが人々の感覚や感情を汲み上げる装置に成り複雑な人間を感じる持続的姿勢が主客の健康を創り上げる。力へ依存するほどに感受性が衰え力での単純物理の循環を強め人間性を見失う。自律心や制御力、探究心が動態に浮かび平等感覚が根に成り、自他への生命に対する尊さがエネルギーと巡りそうした結果に実や花が現れ文化の系が作られる。

 

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