対象の評価を下す行為や創造の形態にも相違が現れる。
1)直接性の利害関係にあっては、何がしかの約束が備わりその権利義務についての相互的な評価関係に在り、これがベーシックな対話にも思われます。
2)次に少し利害の離れた関係であるが、少なからず関係する間に於いても、評価という行為にあまり違和感は浮かばない。この関係に見る評論が多くのケースに見受けられます。観測者、評論家や専門研究者等々、
3)更に、評価というより領域の体系を創り上げる立場であり、問題と感じる事象から、その直接間接の原因分析を取り対策案を創出し実行する立場となり、当事者性を帯びる創造者と置かれる。
元々、人が人を評価する行為はないものとされる。利害関係という約束と執行に於いて相互的評価が生まれる。生産者という技術と市場が想定されて、市場からの評価が加えられ市場を評価する相互性を持つ。市場の形成に3)の立場が生まれ、外部評価というよりも市場形成者としての理論が創造される。その理論を訴求する行為が生まれ、それについて賛否という反応が生まれる。更に市場についての第三者的解説というニーズが生まれ、どう在るかの状況を明瞭に表す行為が取られる。それに加え、市場の計り方という独自理論が形成され、それについて共感が生まれると、尺度に基づく評価に信用が形成される。市場の改善型創造者ともいう行為が生まれる。即ち、当事者関係、市場創造者、市場改善者といった各種の立場で性格が備わり、評価や創造という行為が生まれる。
市場創造者とは、新規性の論理を組みあげる立場となり、個別的事象を直接に評価する事無く、各事象からの問題意識と改善の発想から理論を形成する立場に成り、それに対して訴求し有効性が実感されると理論と理論の需要者の関係が生まれ市場が形成される。新規需要創出とは、このようなスタイルによって出現し、外界の評価を自身なりに探りつつ新規性の領域創出へエネルギーを投じ論理が組みあげられる。創造者という言葉が最も相応しいのはこのスタイルに思います。
一過的評論家という存在は、確たる方法論を導出せず、虫食い的な欲望でちょこちょこと好きな評価を与えられる。尺度の形成が曖昧で、且つ方法論までの提起や実施に及ばず、市場を作りあげる生産者に成りえない。有効な意見が産出されれば需給構造が備わり一定の持続性が生まれる。以上のような性格分けを吟味して、どんな評論や創造に在るのか、適正に捉える事が健全な生産行為へと連なる。
文化論の立場は、外界の評価を直接加えるようなスタイルになく、論理の構築と訴求を主たる活動にする市場形成が意図されます。各種の問題と浮かぶ事の本質的根源の焦点をとり、その改善を土台的に創造する理論提供という創造行為と位置づけられ、原理の開発や新市場形成のエネルギーが注がれます。