文化的認識

文化的認識
一部の国立大学様は、民間の感覚と大分離れた常識を持つようだ。学者、教授という肩書負けしてフラットな感性と乖離した存在に見受けられ無駄な税金の支出先の代表例に思われる。一方向的プライドや権威づけに偏り、その序列づけに躍起になって相互対話性を弱められる。真に価値ある創造へのエネルギーに向かわれず実の弱い世界に映りだされます。この測定を客観的に取る仕組みから自他への適正な感性や振る舞いが生まれる。自己正当化の実態的な健全性を向上させ、一方向の供給論理に偏する感覚を予防する施策から、感覚と頭脳と感情の有機的な健康体が創り出される。頭脳過多で感覚を取らずに異質な感情を抱かれる循環に対して、3作用の適正化を生む事が欲望と力と責任の均衡へと近づき、公正公平公明な秩序形成へと連なる。
この原理をミクロ・マクロの人間像に適用して過不足の修正を進めるのが適正な施策に成り、測定尺度と適用を作るのが各種領域の持続性成長を可能にする。この過程によって自己と他者との感性が整い倫理道徳の実態的な状態が知覚される。フラットな平等思想や感覚は、以上のような力を生み出す原動力になり普遍的原理と備えられる。科学技術の進展と利用の促進はこの感性を弱め健康な心身を崩される。利用する側の意思の備えが外界を制御する基盤に成り、力への過度な依存に陥らない為の不動的な原理と浮かびます。思想の実践が弱まり観念ばかりに留まる事から不健全な体質が進行し実態を測定する標準感度からの乖離が生まれる。相互対話と自由選択の原理から感性の異質性が予防される。この作用が適度に回って平等観念の維持と実効性が生まれ倫理道徳の知肉化された創造に及び平和や調和という言葉の実感規定には以上のような論理が適当に思います。空の権威にしがみつき、外界ばかりに要望を強める科学的な対象化を制御するには、主客の重層認識による測定から人間と外界の良質性が持続する。伝統的な自然感性を根にした人間作りに、優れた調和性を生む鍵があり、自主内発的な施策の構成が違和感の少ない浸透と実践に及ぶ。成長過程からの自然的導入に無理のない感性が内蔵されどの空間にも共通する根源性の構築へ進める長期的な構想と浮かびます。

中長期計画

人格の崩れを深刻な問題と捉える事なしには、生み出される各種の施策に熱が生まれない。各種問題の性格付けや優先度の取り違えを生むのは根本の長期的なビジョンや方角が鮮明化されない事に寄り発生し前進性が掴みだされず小手先の感性を見せられる。文化の焦点が重要に思われます。

異質な感覚は、力と責任感覚のズレから生まれ、それが慢性化して平等感覚の欠如に及び、人格の備わらない行為を生む。盗みや詐欺に対する感覚が壊れて、基礎的な作法と乖離した感覚を強められる。市場や需給構造の異質性が健康な感性を狂わせる。この焦点が、ミクロ・マクロの人間の改善点であり公正公平公明という観念の実現を結ぶ中枢と映ります。効果と期待の相互性を作用させ、原理創造と評価の恒常的な仕組みの高度化へ運ばれる。

名前や身元の鮮明な提示が関わりの第一歩であり主体の特定なしに、飛び越えた行為を用いる感性は精神的な異質性であり関係形成の初歩を崩した人間観念と外れた性格と実感される。サイバー犯罪という今日的なIT化の促進は、主体性の特定なしに技術を暴力と用いる容易性を作り、感覚的生身の対人形成を取らずに異質の精神性を作り出す。

野次馬的なマスコミ感覚の増加には適正な是正処置をとり、平等観念の実態性や文化水準の下落を予防する事が急務に思われる。異常者に過剰な力を与えない社会的仕組みの整備が不可欠という面が浮かびます。

倫理道徳の体質化されない頭脳過多や、力の過剰な付与は、自己制御力の脆弱に及び、実質的な人格の整わない行為を生みだす。この面がインフラ中のインフラであり、この崩れに深刻な感覚と対処を取る為の問題意識の形成が文化論の重要な観点に成り、基礎中の基礎が壊れている事に対して、注意喚起や改善の施策を投じ良質性の確保を推進する事の意義は高いものと思います。

この問題提起から、教育の改変や司法の強化、経済産業の健全性、政治行政の適正化等の基盤の改造が生まれる。マイナス性を標準に戻す作業という性格であり、過去の総括に寄る現況認識と問題箇所を共通化して標準像を示す事が概略図となる。

この焦点に蓋をして、目先の経済性を追求するかのスタンスからは場当たり性の不満の解消となり、容易な手法に逃げて構造改革に着手しない事にならないよう根源的な視座からの健康な人間像とその共通性を高める必要が生まれる。インフラ面の低水準化への流れを止めるには、この面からの描き出しが要り人間の強靭化無くして国土強靭化や安全保障等は果たされない。躾の標準化が出来て平準を超えるプラス的な創造が実現される。この中長期計画が基盤にあって各種政策に適正な性格がつけられる。上っ面の政策に芯を容れるには、基礎モラルの改善をベースにした施策の認識が不可欠に思います。